Q&A1 プラスなのになぜ甘い?

最近は酒販店さまとお話することが多く、そのたび、勉強熱心な酒屋さんから、
マシンガンのように酒造についてのご質問を受けます。

そういう疑問は、このどうしようもなく長いマニアックなブログに
おつきあいいただいてる皆様も「知りたい!」ようなことかもしれない
と思いまして、今回は、相当頻繁に質問を受けることと、その私なりの解答を
のっけてみます。


Q 日本酒度が+5とか、+15とか、+25とかいう酒でも、そんなに辛くない、
  むしろ甘いものもあるのはなぜ?

A ナイスな質問です。
 
  「+15 超辛口」 とかの酒があって、飲んでみたら、甘い。
  よくありますね。

  あと、大吟醸、特に出品酒によくあるんですが、
  酒度で、+5とかいってるのに、めちゃくちゃに甘い。

  いったいなぜか?   
  これは、日本酒度がまき散らしている混乱といえます。
  日本酒度は、本当は甘さや辛さの指標ではないんです。
  少なくとも、製造現場では、これをもって甘みを表しているとは、あんまり考えません。  
  
  日本酒度は、あくまでも比重です。
  シンプルに言えば、その酒が水より重いか、軽いか。
  水より重ければ、日本酒度はマイナス。
  水より軽ければ、日本酒度はプラス。
  ですね。(厳密には、水は日本酒度で若干プラスになります)
  
  酒は、ほとんど水と糖分とアルコールで出来てます。
  始めは麹が米を溶かすので、糖分が多い状態です。糖分は重いので、
  日本酒度でものすごいマイナス。
  仕込んで3~5日目に、ー70とか、ー80とかいう値が出ます。
  一番、酒が甘いときです。

  で、アルコール発酵がさかんになり、アルコールが蓄積すると、状況が変化する。
  アルコールというかエタノールは、日本酒度で言うと、+175。
  
  酵母は、糖分を食って日本酒度を減らすだけでなく、
  かわりに、こんな比重の軽いものを生成するわけですから、
  ばりばり日本酒度は、プラス側になっていき、
  最終的に17%くらいアルコールが出る頃には、日本酒度は、0を突っ切って、
  プラスまで行く。
  しかも、アル添したら、間違いなくプラスまで行く、というわけです。 

  (現場で使うアルコールは、普通は、30%~40%のエタノールです。
   例えば30%エタノールは、酒度+52.5になりますね。
   なんぼのアル添したら、酒度なんぼになる、と比例計算してアル添するわけでした)

 ここで、問題ですが、
 日本酒はできあがった時、焼酎とは違うので、どんなにプラスに切れた酒だとしても、
 まだ相当にエキスが残っています。
 その中には、もちろん、糖分も残っています。

 この糖分の組成によって、甘みが相当違うわけです。
 ほとんど甘くないものから、相当に甘いものまで、いろいろとあるわけです。

 甘くないのは、ほとんど、でんぷんに近いようなもの。デキストリン(糊)と呼ばれます。
 中間物質のオリゴ糖は、まろやかな、ほのかな甘さといったところでしょうか?
 逆に甘いものの筆頭は、ブドウ糖=グルコースです。
 (これは、おなじみ、アルコール発酵の原料で、酵母というか生物一般の栄養源でもありますね)

 さて、これらは順番にできています。おさらいすると、
 酒の中で、でんぷんを糖分にする麹の酵素は、「液化酵素」と「糖化酵素」が代表でした。

 いろいろ端折って、簡単に書くと、
 でんぷん → デキストリン →オリゴ糖 
 までが、液化酵素(アルファ・アミラーゼ)の働き、

 オリゴ糖→ブドウ糖
 が、糖化酵素(グルコ・アミラーゼ)の働きです。
 
 で、それぞれの酵素の働きが強ければ、この流れはスピーディに流れるし、弱ければ、
 ゆっくりと進みます。 

 ですから、いくら酒度が+でも、
 その時、残っている残糖の構成が、ブドウ糖リッチであれば、甘い。
 逆に、残糖の構成が、デキストリンとか、でかいオリゴ糖とか、あまり分解されてなくて、味にならないようなものばかりの状態であれば、甘さとは感じにくいわけです。

 つまり、「糖化率」が高いかどうか、が問題になるわけですね。  
 糖化率を高くするには、いくつか方法があります。
1 麹の糖化酵素(グルコアミラーゼ)を高める。
  これは、古来から言われていた「突きハゼ」造りを行うことで達成できます。
 
 「突きハゼ」は吟醸造りに欠かせないもので、
   今風に言えば、麹菌の生育環境を、
  極端な乾燥/高温状態にし、生命の危機的な状態に追い込むことで、
  「Gla-β(グラビー)」という、麹菌の火事場のクソ力的な
  遺伝子のスイッチを入れてやり、それによって、
  生命維持のために必要なブドウ糖を獲得するための「糖化酵素」を超高生産させる、
  伝統的技術です。(なにを言っているかよくわからないですが—-数年前、
  メカニズムが解明されました。すごいですね、昔の人は)
 
2 グルコ菌という種麹を使う。
  突きハゼでも、現代の酒造では、糖化酵素が不足の場合があります。
  こういう場合は、生まれつき糖化酵素を大量生産する、そうとうマッチョな麹菌が
  あるので、これを使ってしまう。
 
  そうすれば、まあそんな高等な製麹技術はなくても、
  けっこうな糖化酵素を含んだ麹が手に入ります。
  ただ、こうしたパワフルな麹菌は、他にもいろいろな酵素を出しますので、
  粕が黒くなったり、酒の味を汚くしたりという酵素的な副作用がありえますので、
  扱いは慎重にしないといけない面があります。


3 酵素剤を入れる
  酵素剤の使用は認められているので、糖化酵素「グルコアミラーゼ」そのものを入れてしまう。
  これはもっとも簡単な方法です。

  現在は特に、辛口嗜好が薄れて、甘い酒を造るのが流行りつつありますから、
  設備的な事情があったり、麹造りの技量の伴わない蔵では、
  部分的に頼らざるを得ない面が増えていると言えましょう。

  また一方で、鑑評会出品酒のような、市販酒の数倍にものぼるグルコース濃度
  (平均して、2程度)が必要な酒には、必要なものとなりつつあります。
  「グルコ菌」か「酵素剤」か?  ほとんどの蔵が、出品酒を造るときには
  どちらかを選択しなければならない状況です。

  ぶっちゃけると、私も自分の出品酒に、微量の糖化酵素を、投入しました。
  糖が予想以上に酵母に食われてしまい、迷ったあげく、そうした判断せざるを下さ
  ざるを得ませんでした。
  麹をもっと強くすることも考えられましたが、きっと、あれ以上強く造り込むと、
  また雑味が増えるなど、他に問題が出たと思うので、現在の技量では仕方ない状況でありました。
  その時点ではベストな判断をしたと思っていますが、
  無論、出品酒と言えども、酵素剤に頼らないで造れた方が良かった、
  というのが造り手としての、偽らざる気持ちです。

  結局、これを常用して酒を造るとなると、(麹の力が少なくて済むので)
  酒がキレイになることはなるのですが、酒が全部似てきてしまう。
  麹造りも上達しない。あとは、無論、使用していいものとはいえ、
  表立って言えないという良心の呵責もある。いいことがあまりないです。
  
  これに頼るのは、楽ですが得るものが少ないので、市販酒にはできるだけ
  使わないほうがいいものです。 
  どの蔵も早急に腕前を磨くか、酒の設計を変更するかしたほうが得策なのです。
 
  ただ、この日本酒業界全体として、
  酵素使用を控えることは、現実には不可能かもしれないです。
  これは、ほとんどすべての蔵で行っているはずですが、
 「四段掛け」という、もろみの最後に糖化した蒸米を入れて、甘みを乗っける方法があります。
 
 これは甘口の酒を造るときや、
 本醸造や普通酒などで、アル添したあと味を整えるために行うのですが、
 この「四段」は、今やどこの蔵でも、ほとんど酵素剤で、蒸米を糖化しています。
 麹ではなく、糖化酵素そのもので糖化するので、ブドウ糖リッチな、雑味のない液体が、
 どばんと入るので、比較的スッキリした甘みを乗せることができるわけです。

 四段米を糖化するために、麹をわざわざ造る、さらに不眠不休で突きハゼ麹を作る、
 なんてマネは、あまり聞きません。
 (もしやった場合は、そっちのほうが、味は重くとも、自然な味わいになるでしょうが—)

 酵素なしでは、労務が倍増せざるを得ない今、
 もはや、現実問題として、酒造りは酵素なしでは成り立たなくなっているのでは?
 と思います。特に「普通酒」がある限りは、酵素で糖化する蒸米四段は、
 絶対的に不可欠です。
 
 ということで、当蔵の場合、純米だけを造るようになれれば、何が嬉しいかといって、
 この「四段」を必要としない造りに変わることができるというのが、大きいです。
 「四段」をすると、どことなく、どれも味が似てくるし、やや香りの質も落ちるし、
 日持ちも悪くなるような感じがするのです。安易な技法であることは間違いないものです。
 
 ただ、四段で甘みをつけるのは、簡単で、素人でもできるので、
 今後は、トレンドの甘酸っぱい酒を造るために、純米に対しても、盛んに行われるように
 なる、あるいはもはや、なっているのでは? と個人的に想像してます。 
 

4 生酒で放置する
 
 糖化酵素は、火入れ殺菌をすれば破壊されますが、生酒の場合、ずっと生き続けています。
 そこで、いくらプラスなんぼであろうと、
 火入れしなければ、いつか残糖は、ほとんどがグルコース、つまりブドウ糖に
 変わってしまうはずです。
 糖化酵素力が強ければ、早く甘みが戻るでしょうし、
 糖化酵素力が弱くても、時間をかければ良い。
 ということで、飲みやすい超辛口を造りたければ、生酒で置いておいて、そのまま生酒で売るか、
 そうとうに生期間をおいてから火入れすれば、いいわけです。

 ただ、生期間が長いと、いわゆる「生老ね」(草や葉っぱのようなツンとする香り)が、
 つくででしょうから、メーカーとしては、開き直って「生酒」のまま
 出すのが通例ではないでしょうか。
 「生酒」が生老ねしていてもあたりまえですから。
 

5 アルコール度をやや高くする

それから、これは少々込み入った話になりますが、実はエタノール自体にも甘みがあります。
  例えば、アルコール類の中ではグリセリンなんかもありますが、あれなんか相当甘いですよね。
  酒中の主要なアルコールであるエタノールも、甘く感じる何かしらの構造をもっているようです。

  ですから、ウォッカの原酒とか、糖分がないのに、甘い感じがします。
  私も、このあいだ芋焼酎の貴重な「華たれ」をいただきました。
(日本酒でいえば、『中取り』みたいに高品質な部分)
  アルコール分は40%でしたが、相当まったりと甘い。しかし、水で割ったら
  どんどん辛くなり、驚きました。

6 甘いアミノ酸の味わいが存在するため

 これは、現在も研究中の、比較的新しい知見です。
 日本酒中に含まれるアミノ酸の量の範疇で、明確に「甘み」と識別できるのは、
 アラニンのみと言われていますが、これが酒によって、含有率が相当違い、
 「ふくらみ」としての甘みを演出しているようなのです。 

 (他にも甘みをもつアミノ酸はありますが、いずれも通常の日本酒に含まれる量では
 少なすぎ、味と認識できないということです)
 
 このアラニンは、酵母がもろみ末期に放出するものらしく、低温長期もろみであるほど、
 多く蓄積されるようです。
 このアミノ酸からの味わいも、酒によっては、相当甘みとして強く感じられるようなので、
 今後、日本酒の呈味性を考えるうえで、重要なポイントとなると思います。
 (ちなみにこれは、秋田県立大学醸造学科による研究です)



7 酸度との関係(甘辛度)

最後に、基本ですが、酸度が低いと、酒は甘く感じられます。

ちなみに、酸度とブドウ糖濃度(グルコース)を軸にした、「新甘辛度」という指標があって、
これは、酸度とグルコース濃度の関係で、甘いか辛いかを判別します。
AV=G-A
という式です。
グルコース濃度から、酸度を引いて、出た値を見て——

・0.2以下を辛口、
・0.3~1.0をやや辛口、
・1.1~1.8をやや甘口、
・1.9以上を甘口

ということです。

例えば、当蔵の酒、先日火入れした純米吟醸は?

酒度が+2
グルコースが、0.2
酸度が1.5

でした。
0.2-1.5= -1.3
え、超辛口?

確かにうちのグルコース濃度は、かなり低いです。
0.1とかもざら。純米系統もみんな、0.2~0.3くらい。
秋田だと、うちと春霞さんは、こんなもんです。以前、蔵元同士で、
うちってグルコ濃度低いんですよね~と話題になって盛り上がりました。
(普通は1%くらいあるものだとは思います)

でも、ひどく辛いかといえば、まったくそんなことはないんで、
(そんな設計は、はじめから組みません)
この式も相当間違ってると思うんですけどねえ—–。




ということで、結論。

・酒の甘みは、酒度ではわからない。プラスだからといって辛口とは限らない。
新甘辛度も、正しいか微妙。

・グルコース濃度のほうが信憑性がある。

・酸が低いほうが甘く感じる

・アミノ酸のアラニンの甘みも相当寄与している可能性がある。


です。
なので、まあラベル表記などは無視して、
実際に試飲した店主の感覚を尊重しましょう!!
でした。
いやあ、また長かった。