涅龜(くろかめ)完成

「全麹」という造り方に、ものすごい惹かれるのはなぜでしょうか。
それはきっと、私が、全麹に、「酒の王様」的なムードを感じるからなのです。

普通、日本酒は、20%前後の麹と、残り80%くらいの蒸米によって構成されています。
この2割を占める麹とは何か?
つまるところ「カビだらけになった蒸米」なのですが、
これは、米を溶かす酵素をたくさん含んだものなのです。
もちろん、麹は、
それ自体に味わいがあって、日本酒の味に相当な影響を与えるのですが、
一番重要な仕事は、米を溶かし、糖分にまで変える酵素の供給源としての役割です。

この麹があるからこそ、残り80%くらいの蒸米が、どろどろに溶けて、
果ては糖分にまで分解され、酵母の栄養源となり、アルコール発酵が可能になるわけです。

酒税法上では、麹の割合が、総米の15%以上ないと「特定名称酒」(=普通酒以外)
とはいえないのですが、はっきりいえば10%、
造り込めば5%くらいの麹でも、日本酒はふつうに出来ます。
味はともかく、じゅうぶんに米は溶けて、しかもアルコールが出るわけです。
つまり、数%で、酒造りに必要な酵素は、十分供給されるてしまうわけです。

しかしながら、それ以上、最低でも15%は入れなくては、「特定名称酒」といえない
ということは、どういうことなのか?

つまるところ、日本酒における麹の役割とは、酵素の供給源としてだけではなく、
「日本酒らしさ」を与えてくれるものである、ということなのでしょう。
あるいは「麹造り」という作業が、極端に少なくなったり、失われてしまっては、
日本酒そのものの文化的意義が変質してしまう—-という配慮かもしれません。

ということで、
相変わらず極端な当蔵は、なら、15%以上なんてしけた事言わないで、
いっそ全部麹で造ってしまえば、
「日本酒 of 日本酒」、「マスター of 日本酒」、「SAKE KING」だろう!
と勢い込んで、杜氏が頑張って仕込んでくれました、400キロ総米。

ところが、これが、ちとうまくいきませんでした。
(発酵が鈍って、設計より甘くなりました。日本酒度で-20くらい(だっけ?)。
結果として、貴醸酒そっくりの味になったので、
それはそれで面白いと冷蔵庫で熟成中)

思えば、うちは全麹系統では、何度も痛い目にあっています。
一年前の造りでは、「酒母」だけ全麹にしてみたり、山廃を造るにあたって全部麹でやろうと
してみたり。結果、全部お蔵入り。やれやれ。
いいかげん、今年はシメたいと思っていたので、
造り終盤、唐突に、100キロ総米を追加して再チャレンジ!

そしたら、できました、日本酒度+8(だっけ?)、アルコール15%、酸度2.6の
濃醇辛口の、設計通りの酒が!
また失敗するかと途中でハラハラするシーンもありますが、結果オーライ。
「聖闘士(セイント)に、2度同じ技は通用しない」ということわざがありますが、
見事、このたびは成功しました。

途中から、現場におまかせしていたのですが、
さすが、杜氏はもちろん、古関くん、津川をはじめ、
しっかりした造り手ばかりで、うまく帳尻をあわせてくれました。

味わいについては、個人的には、個性的で素晴らしい! と思うのですが、蔵内では賛否両論。
酸っぱすぎてダメな人も続出気味。

特筆すべきは、味の構成が相当異質なことです。濃密で充実してますが、
決して雑ではない。張りのある酸と、ボディ感が調和していて、
このバランス感は、日本酒ばなれしています。

なぜか日本酒というより果実酒に近いような気がします?
そういえば、全て麹で仕込むというのは、
熟した葡萄やらの果実を刈り取って、仕込むのとやや似ている気がします。
発酵経過も、やや普通の仕込みのものとは違うところがありますし。
並行複発酵的でないとか。
「KING OF SAKE」を目指して造ったのに、日本酒的でない?
いや、あるいは昔の麹歩合がやたら多い時代の酒は、
こういう味だったのかもしれません。

香りや、味わいの滑らかさなど、至る部分にまだまだ改良の余地ありますが、
まずは「秘醸酒」にふさわしい「おもしろ酒」になったのではないでしょうか。

ただ、100キロ総米で袋吊りオンリーです。
どのくらいとれたかわかりませんが—–熟成したほうが明らかに良さそうなので、
いつ出るかは、まったくもって不明ですが、いずれお目にかかりましたら
どうぞ「全麹特別純米 涅龜(くろかめ)」、お試しください。