日本酒のアルコール分について

今年は稀に見る大積雪の年—–
今日はぼろい当蔵のブリキの壁が、雪の重みでひんまがっていて、
蔵人全員恐怖。
当蔵の杜氏は、「ぶっつぶれたらヤバいから、ヤブタ(搾り機)のほうには近づくな」
と司令を出し、一人危険な屋根の雪かきをしてくれました。
良かった。

屋根の雪は、本当に危険きわまりない代物で、通行人に当たったりしたら大事です。
雪が道路に落ちていたら通行の邪魔にもなります。
社員で、できるかぎり除雪したり、屋根の雪を下ろしたりしてますが、
そんなんばかりで、仕事もへったくれもありません。

さきほど、仕込み蔵の瓦屋根から大量の雪がすべり落ち、そのままの勢いで、
瓶詰め場のぼろい壁にぶちあたり、なんかすごい音が—–。
たぶん壁、ぶっ壊れたような気がします。

こんな寒くて悲惨な冬ですが、造りは熱気を帯びております。

私はモロに「注意欠陥症候群(ADD)」の人なのですが、
年をとるごとに病状が悪化してゆくようで、財布をなくす回数と比例するように、
今年もまた、現場ではいっぱいのトライをしまくっています。
杜氏、副杜氏はじめ部下の蔵人達にはたいへん申し訳ない気持ちでいっぱいです。

まあブレはあるものの、得意な純米酒だけの醸造になり、純米蔵として無事に歩み始ることが
できました。
また、山廃&白麹酒母だけで貫き通すというルールも難なく(?)こなしています。
蔵人たちの卓越した技量のおかげですね—-。


それから、ここのところ2~3年前から取り組んでいる難事業—-、
上槽時アルコールをできるだけ低くする、つまり原酒でできるだけアルコール分低めの酒を
提供するというトライも続けています。


原酒でアルコール低め万歳! ということに取り憑かれましたのは、端的に、
我が秋田の超・大先輩杜氏/技術者であられます、高橋藤一氏の影響です。

高橋藤一氏は、山内杜氏組合長にして「由利正宗/雪の茅舎」の杜氏さまであられまして、
名実共に秋田の誇る最高峰の醸造家です。

「雪の茅舎」には、独特の酒造り方針がありまして、
・櫂入れしない
・割り水しない
・濾過しない
という三つの約束事がございます。
(これをして、秋田横手の杜氏集団・山内杜氏にかけて「三無い造り」と称します)


割り水しないということは、原酒であるということを意味します。
ちょっと前に流行った「無濾過生原酒」を思い出させますね。
となると、アルコール分は高いのか—17%? 18%? と思いきや、
なんと拍子抜けすることに「雪の茅舎」の純米酒は、アルコール分が15%半ば
なのです。それで「原酒」なのです。

こういうアルコール度数で酒を搾るという事は、実は大変難しく、
コストが余計にかかる場合が多いのです——-。


単にアルコールが低い酒を造るのであれば、簡単です。
ガンガン発酵させてアルコールを高く出して、濃い酒を造って、
それこそばんばん水で薄める=「割り水」をすればいいのです。
そうすれば確かにコストは下がります—-が、味としてはどうなのでしょうか?



実際、一般的に流通している酒のほとんどには、割り水がほどこされています。

市販酒の平均的な日本酒のアルコール分としては、たぶん
平均で—–15%半ばでしょうか? そのくらいのアルコール度数が、
気楽に飲める限度なのでしょう。

一方、原酒と謳うものは、一般的にはもっと高いですよね。
純米系であれば、たいてい16%後半から17%前半が多いようです。
18%以上あるお酒も別にめずらしくはない。

これは必然のことであって、日本酒造りでは、
麹の持つ糖化酵素の作用によって、際限なく酵母の栄養である糖分が、
もろみの中で生産されます。このため、ほっておくと酵母は、どんどん
糖分を消費して、発酵を続け、際限なくアルコールを出してしまうのです。


ワインははじめからブドウに含まれている糖分の量が決まってますので、
勝手に13%~14%くらいで発酵は停まってしまいます。

ビールは、麦芽を熱で溶かし切った後、さらに熱を上げて糖分を生み出す酵素を破壊して
しまいます。このため、ビールのもろみの中では、それ以上、糖分が生産されませんので、
5~8%など、製造者が必要なアルコール度数で、一次発酵を終了させることができます。

しかるに、日本酒は「平行複発酵」。
哀しいかな、アルコールはぼんぼん出てしまいます。

ということで、例えば、ミドルクラスの特別純米などであれば、
普通に造れば、アルコールは17%後半はまあ出てしまうでしょう。
(出そうと思えば、20%近くまで誰でも出す事はできます)

ですから、まあ一般的に造り酒屋では、
精米歩合60%くらいの純米酒を造るときなんか例にしますと、
原酒17.6%→加水→15.4%
など、だいたい2%以上、アルコール分を落として、
一般製品にしているのが普通だと思います。




しかし、「雪の茅舎」では、「割り水しない」のが鉄則ですから、
搾ったときに15%半ばであります。
これ、非常に難しいのです、上記のように、ほっておくとアルコールが出るものですから、
それを阻止する技術がいるのですね。

そして、後述しますが、アルコール発酵を抑えて、アルコール低めで搾ると、つまり
原酒で低アルコールを目指しますと、たいへんなコストがかかってしまうのです。



日本酒造りでは、アルコールを出せば出すほど、酒化率というものが上がり、経済的です。
麹を造り込み、その強い酵素力で蒸米をよく溶かし、たくさんの糖分を生み出し、
高い温度で酵母を活性化させ、たくさんのアルコールを生み出してもらう、
というのが、経済的な造りなわけです。米はよく溶けて「粕」が少なくなります。
荒っぽくて雑味が多い酒になるでしょうが、原料利用率は上がるわけですね。

例として、100キロの米に140リットルの水を加えて酒を造ったとします。
採取量優先でかなり米を溶かしてアルコールを出したとしましょう。
粕歩合を20%とかなり低く抑えることで、酒は概算で220L採れることになります。
(米が100キロ+水140Lで、まあ、もろみが240Lくらいあると暫定的に仮定。
これから粕20キロをひくと、220L)
 
で、この酒が上槽時点で19%のアルコール分があったとします。
これを加水して15.5%にするなら、50リットルの水を加えればよいわけですね。
そうなると、この造り方では、15.5%の酒が270Lできることになります。



一方で、麹を造りすぎず、糖分の生産を制限し、発酵温度もかなり低く、酵母の
増殖も抑制し、あまりアルコールを生み出さないようにした場合はどうでしょう?
原料利用率は悪く、米は溶けずに、多くが粕になって残ります。
ただし、こういう酒は、雑味少なく味は軽やかで、たいていは酸が低く、
まろやかな酒になります。これをして吟醸造りといいますね。

例として、100キロの米に140リットルの水を加えて吟醸造りしたとして、
粕歩合が50%になったとしましょう。
おおよそこの場合、190Lの酒が採れます。これがすべて原酒で15.5%となれば、
前述のアルコールを出して加水した造りと比べると、いかに採取量が少ないかということに
気づかれるでしょう。


加水の前者と、原酒の後者では、結果として同じ15.5%の製品を作ったにも関わらず、
単純に酒の採取量で、270Lー190L=80Lもの差が生じています。
原料白米100キロに対してのこの差ですから、相当なものです。

吟醸造りをすると、酒の採取量が激減し、かわりに大量の粕(将来、糖分→アルコールに
変わるはずだったもの)が手に入ってしまうことになるわけですね。

結局は、原酒で(つまり搾った時点で)、アルコール発酵を抑えれば抑える程、当たり前の話
ですが、酒化率は低下し、原料利用率は悪化して、酒のコストが上がりがちであるということです。


しかし、吟醸造りの原酒は、それだけの価値があります。
その味わいには、コストをかけるだけのことはあるのです。
アルコール発酵を抑えて、粕をふんだんに出すならば、酒質は格段に向上する場合が多いのです。

(純米)大吟醸などの最上級の酒がおいしいと言われますのも、
これはこのような、溶けやすい上質な米を使い、それをあえて溶かさないような
酒造りを行うことで、酒の採取量を犠牲にして、雑味を徹底的に抑える造りをしている
からでしょう。


そういう意味で、秋田の誇る銘醸蔵「雪の茅舎」は、
何年も前から、加水して飲みやすいアルコール度数にして提供するよりも、
コストはかかるが味のバランスが壊れず、より自然で軽快になる「原酒」で
酒を提供しようという試みを続けられおられるのです。


こうしたことから私どもの蔵も、先輩の教えに習い、
数年にわたる試行錯誤のうえ、自分たちなりの方法論を獲得しはじめてきました。
ここ数週間は上槽時アルコール度数が15%を割り込むことも珍しくなくなってきました。

地域を問わず、こうした取り組みをしている蔵は多いと聞きます。
こないだは、日本屈指のアヴァンギャルドな酒蔵、栃木の「仙禽」さんの蔵元さんと
アルコール分は大事だよねという話で盛り上がりました。
このお蔵様は、昨年、とてつもなく完成度が高い、濃密軽快な13%のアルコール分の
原酒をリリースしておられましたが、素晴らしい意欲作であったと思います。

ということで、アルコール度が低い=加水している=コストが「安い」のではなく、
原酒と謳っている場合は、むしろ、原料利用率を犠牲にして、あえてコストをかけて
アルコールを出さない造りに徹している場合が多いということを、
覚えておいて損はないと思います。

そして、これからは、ややアルコールを抑えた造りがもっと主流になってくると
思います。
アルコールを抑えた造りは、コストがかかるだけでなく、アルコール分が15%半ばを
割り込んでくると、バランスの取り方も難しくなってきます。薄く感じられる危険性も
あるからです。

また、アルコール自体にも味の表現力があり、これに頼る事ができないのは、
不利かもしれません。
純粋なエチルアルコールは、ほのかな甘みがあり、清酒のいわゆる「ノビ」や、
透明感ある風格を与えます。焼酎等の蒸留酒で場合によってはかなり甘く感じるのと
一緒ですね。
ほか、アミノ酸を酵母が変換して造る「高級アルコール」などというアルコール類は、
あくまでも適当な量ならば、清酒のいわゆる「ゴク」や複雑さを演出します。
アルコールが高い方がこうしたボディ感を演出することができ、場合によっては有利です。
「無濾過生原酒」ではないですが、特に少量の利き酒、インパクト勝負/一発勝負では、
アルコール分はある程度、高い方が、味が濃味に感じられて有利でしょう。
(実際、清酒鑑評会ほかコンテストでは、アルコール分17%以下では圧倒的に不利になります)

しかし、やはり日本酒のアルコール度数は、やや高すぎる嫌いがあるような気がします。
酒の弱い(アルコールを完全分解する酵素力に乏しい)日本人には、特にそうです。
ビール~ワインのほうが親しまれやすい傾向が長らく続いていたのも、
単にアルコール度数の問題が大きいのかもしれません。

なお、江戸時代などでは、日本酒は(庶民の酒であったとは言いがたかったかもしれないですが)、アルコール10%、もっとそれ以下まで、店先で薄められて提供されていたといいます。

*この時、薄めてもおいしくのめる「ゴク」「ノビ」「ハネ」の効く
硬水使用の生モト造りである灘の酒が、上方→江戸への「下り酒」として珍重されたそうです。

*なお「くだらない」という語源は、「下りものでない」=高品質の灘の酒でない、という
ところから発しています。



また国際基準としても、アルコール15%以上では「ハードリカー」(蒸留酒)
的な扱いをされてしまう事も少なくありません。
(まあ、こうした国際基準を、我々の独自文化の産物である日本酒に、
無理矢理あてはめる必要も皆無なのですが—-)

一方で、個人的な印象ですが、アルコール分が15%を割り込むと、
いきなり酔い方がまろやかに、体へのダメージも少なくなるような気がしています。
特に、翌日の残り方にはかなり差があるような気がするのです。

あくまでも個人的な感覚ですが、アルコール15%に何か境があるような、
そんな拭いがたい感覚があるのは確かです。

(酵母も同じで、アルコール15%くらいから、死に出すものが多くなってきます。
生物に取ってアルコール15%というのは何かの臨界点なのかもしれません)

日本酒を飲むときには、水も一緒に飲めと言われますが、
日本酒だって、14%台くらいまでアルコールを落とせれば、
ワイン同様に、水なしで楽しめるようになるでしょう。

正直、「和らぎ水」を、飲まなきゃ飲まなきゃ、
とプレッシャーに感じてしまうのは私だけでしょうか?

酒は百薬の長なはずです。
日本酒が、より健康に楽しく飲める酒になることを願って、
今後も試行錯誤を続けていく所存です。