生酛 VS 山廃 again

桶と櫂棒

さて、生酛をそろそろ開始いたしますということで、
何事も形から入る私は、酛摺のために、昔ながらの……
吉野杉製の半切り桶と櫂棒を導入致しました!

当蔵でやっている木桶と同様に、大阪・堺の製樽会社、ウッドワーク様に
造っていただきました。

桶

今回、何事も形から入る私は、はじめて、酛摺をともなった「生酛」をやってみるわけですが……
そもそも、昨年の醸造協会の講習会で、広島「竹鶴」の石川杜氏さんのお話に
たいへん興味をひかれて始めることにしたのでした。

その講義の内容は、生酛は山廃よりも、理に叶った造りであり、「普遍的」な製法、
つまり「安全」であるということなのでした。

特に衝撃を受けたのは、完璧な生酛造りは、安全なものであり、
教科書では必須とされている「亜硝酸反応」(硝酸が変化した殺菌性のある成分)については、
実際は起こらなくても不都合はない、という主張でした。

一方で、山廃は、生酛とは根本的に違うもので、生酛ほど安全ではない。
環境が整った、あるいは技術が高い造り手がやらないと失敗するような不完全な
ものだ、ということでした。

同じ生酛系とくくられる、(酛摺をともなう)生酛と(酛摺をともなわない)山廃では
まったく違う現象が起きている……?

石川杜氏のこの偉大な卓見には、感服致しました。 
造り手なら誰しもが、知的好奇心をそそられずにはいられないのはないでしょうか?

さて、
細かな配合や、作業手順やらコツなどの技術情報は、これは講習会に出られた方の特権でもあるので、突っ込んで申しません。

しかし普遍的な教科書的事項の中から、簡単にその要点を強調した言い方をするなら、
「生酛は山廃より、水っけが少ない」これに尽きるということなのでした。
仕込みに使う水も山廃より少ないし、麹はよく枯らして水分を吸うようにし、
掛米は、埋飯といって蒸した後、かなり長時間、布で包んで放置して、わざわざ
溶けにくいようガチガチに老化させ、そうしてから、これらを摺り潰すわけです。
この物体は、ほぼ固体のようなもの。
ということで、生酛のほうが圧倒的に水っぽくない。
この違いが、大きいということらしいのでした。

そう。生酛は序盤「かなーり、水っけが少ない」。言い換えると「水分活性」が少ない。
そうなると、「酵母」は増えることはできない。特に、たちの悪い「野生酵母」は増えない。
時間がたって米がじゅうぶんに溶け、水分活性が戻る頃には、乳酸菌が増えて、酸が高くなっており、また酵素作用で糖分も多くなっている。
そうした濃糖で多酸の環境にて、唯一増えることのできる酵母は……
(それが天然のものであれ、培養したものであれ)、糖と酸に耐性のある「優良清酒酵母」のみ。
これは強健なアルコール発酵能力を持っている。
こうして、健全に、雑菌に侵されず、最後までもろみを発酵することができる酒母が完成する。
こうしたメカニズムでした。


これを聞いたとき、私は、
「きっと生酛はチーズで、山廃はヨーグルトなのだ」
という悟りを得ることができました。私は自宅でヨーグルトを造るのが趣味なので、
即座に連想してしまったのです。あのインフルエンザに効くというヨーグルトも培養して
食い放題です。

それはさておき、上記のメカニズムは、酵母一般と乳酸菌一般の生態の違いを、
実に巧妙に利用していると思いました。

というのは、酵母は増殖/発酵に水分を必要としますが、乳酸菌は増殖/発酵に
水分をあまり必要としない特徴を持っています。
もっと言えば、乳酸菌はより固体に近いものでも、条件さえ整えば、発酵する力があるのです。

つまりチーズです。
チーズは、ヨーグルトの水分活性を奪ったものです。

もっと簡単に言うと……

牛乳に、生きた乳酸菌を入れますね。
これをそのまま適温でキープして発酵させると、
(乳酸菌は乳糖を食べて乳酸を出すので)、
結果的に、あの酸っぱくてどろどろした汁=ヨーグルトができますよね。

チーズの場合、牛乳に、乳酸菌だけではなく「レンネット」という酵素を入れます。
これは牛から採取した生体酵素です。
これを投入すると、ヨーグルトは凝固してしまいます。酵素の作用で
タンパクが固まるのですね。

こうして水部分だけが分離されるので、これを捨てる……
つまり、これで、水分活性が劇的に低くなってしまうのです。

一方、水分を抜き取られた牛乳に残った乳酸菌たちは、固体的なものでも発酵できる
性質があるので、そのまま発酵(熟成)し続けます。

さて、ヨーグルトと、チーズはどちらが日持ちするでしょうか。
つまり腐りにくい(雑菌が繁殖しにくい)でしょうか。
それは、チーズですねよね。水分活性が少ないからですね。

つまりヨーグルトは、(酸が高いので)牛乳を保存するために役立ちますが、
チーズは、このヨーグルトの保存性をさらに高めるために効果がある、
「もっとも腐りにくい牛乳」とでも言えましょうか。

偉大な日本人の酒造職人の先輩たちも、いろいろ試行錯誤をして、
可能な限り水を少なくすれば、比較的純粋に、乳酸菌だけ純粋に培養できる
ことを理解したのです。劇的に少ない水を使用し、単に麹と米を摺り潰しておくだけ。
これは米のチーズとでもいうべきものです。

あとで麹の酵素がこの米チーズをすっかりと溶かしたころには、
乳酸菌はとっくにかなりの酸を出していて、
都合よく酒造りに適した酵母が繁殖できる背景が整っている
というメカニズムです。

そうなると、明治期以降の研究者が、半切りでの酛摺を行わず
一挙に仕込んで手間を省くため、酒母仕込初期の水分活性を高めてしまい
(一般的に山廃は、生酛より仕込み水の量が、米重量換算で10%程多いのです。
また仕込み温度もやや高く、埋け飯はしないかあまり長くない、という特徴があります)、
結果として酒母が雑菌(特に野生酵母)に汚染されやすくなり、
このため「亜硝酸反応」というものが「必須」だと言い始めたのは、
いわば本末転倒なのかもしれません……。

保存性を高めるために水を取り去ったチーズに、なぜか、また水を入れてしまうがごとし。
それでは腐ります……。

ではではまた長くなりましたが、
また続きをいずれ。