酒造りが始まりました!

さて、27BY(平成27醸造年度=2015年の7月1日から2016年の6月30日までの醸造年度)の酒造りが始まっております。今年はなんと、「オール生酛造り」のため、いつもより一ヶ月早めに始めなくてはならなくなっております。

というのも当蔵は昨季の末頃から、酒母をすべて生酛造りにチェンジしています。この新しいシーズンも「生酛」以外は行いません。当蔵は、ついに「生酛純米蔵」になります。

今までは、殺菌工程を噛ませた独自の「山廃」がメインでしたが、その技術も完成してしまい、我々としては、さらに先に——より伝統的なスタイルに回帰することを決断しました。*山廃酛と生酛の違いは以前書きましたが、また説明します。

一昨年前に頒布会で行った「酵母無添加生酛」、そして昨季26Byは<コスモス(もうちょっとで発売)>や<Enter.Sake>などを経て、最終的にはすべて「生酛」に切り替えを行いました。

(ちなみに今月9月ロットあたりからの定番作品は、昨季ラスト期の醸造のものです。「山廃」ではなく「生酛」となっています。主観的な感想になりますが、出来はまたさらに良くなったと思います)

やっとここまで来たかという感じです。思えば、2008年、醸造用酸類無添加の「純醸(じゅんじょう)酒母」から始まり、それが2009年<亜麻猫>の「白麹酒母」に昇華されたりと、脱「速醸」の手法を編み出そうと苦闘してきました。一方で、山廃・生酛といったトラディショナルな製法も早くマスターしたいと願い、有名な先生を呼んだり、名杜氏を招いて実際に生酛系酒母を教わったこともありました。しかし、生酛系酒母はあまりに難解で、初めはまったくうまくいかず、とんでもないもろみを続出させ、リアルに経営危機レベルまでいったこともありました。

そんなこんなの試行錯誤の末、今現在はシーズン通して、生酛を安定的にできるまでに腕前が上がってきたのです。6〜7年くらいかかってますよね—–。

蓄積したノウハウも多いのですが、水の変更についてはたいへん良く機能したと思います。当蔵は、長い間、秋田市の外れの山岳地帯から「軟水」を輸送してきて使ってましたが、それをスッパリやめたのでした。本格的な生酛を行うには硬水が有利です。

そうでなければ、つまり硬水でなければ「亜硝酸反応」が起きにくいので、やや面倒臭いことになります。軟水で一般的な生酛系酒母を行う場合、硝酸カリウムやらのミネラル、つまり醸造用の副原料(ラベル表記義務はないけれど添加物ではある)の類を使用したほうが良いという状況が生じてしまうのです。

当蔵は、副原料一切使用禁止の方針があるので、これは無理。だから、天然の硬水でないとならないわけですが、それはタダで好きなだけ手に入るのでした。本社から車で10〜15分のところに、当社が保有する敷地がありまして、そこから中硬水が湧き出ています。結構広い敷地があり、使用用途もなく長らく遊休化していたのですが、現在は、街の活性化のため大半を売却しています。井戸だけを、まだ新政が保有している現状です。

 

(秋田市の「新屋(あらや)」という場所で、ここは沿岸に近いところにありまして、ドイツ硬度にして6〜7といった中硬水が出るのです。「水の町あらや」「湧水のまち新屋」としても有名で、各種醸造産業が栄えたところでもありました。なお、秋田料理に欠かせない調味料として「しょっつる」という魚醤がありますが、もともとこの「新屋」が発祥なのです。水の町ということで、水絡みのイベントも多いです

 

うちの井戸がある敷地のすぐ隣は、醤油蔵さんです。すぐ近くには、「秋田晴」という酒蔵がございます。当蔵と「秋田晴」さんは、ほぼ同じ水で酒を醸しているわけですね。

当蔵はこんな素晴らしい地域に井戸を保有してたのでしたが、長らく使っていませんでした。というのも、「軟水」のほうが良い酒ができるという、間違った常識にとらわれていたのです。長らく硬水一本で醸造するのをためらっていましたが、2つ前のシーズンの終わり頃から、いづれすべて「生酛」になるだろう、その先はいつか「酵母無添加」が主体になるかもしれないという予感から、いっそ、この硬水に切り替えることにしました。

そして、昨シーズンは初めから最後まで、完璧にこの硬水で貫徹いたしました。

ということで、昨季の26Byは、仕込み水がガラリと変わったシーズンでした。秋田市太平地区の硬度1以下の軟水から、秋田市新屋地区の硬度7近い中硬水にいきなり変貌したのです。が、酒質はそこまで激変しなかったと思います。生酛はもちろんストレスなくできました。また、もろみにおいても、むしろ操作がしやすくなったかもしれません。酵母への栄養供給が良く、より低温発酵が可能になったことは確かです。

(ちなみに秋田市新屋地区の水は、カルシウムよりマグネシウムが多い硬水です。これは、米の溶けよりも酵母の発酵力に資するタイプの硬水です。かなりシビアな低温発酵を行う蔵に適していると思います)

(酵母は、増殖期間にビタミンB類とマグネシウムを必要とします。ビタミンBは麹からもたらされ、マグネシウムは水からもたされるのが多いといいます。当蔵の麹は菌体量もやや多めで使用量も多めです。また上記のような中硬水を使用しています。このため、酵母の増殖力や発酵力が強めになる傾向があるので、そのぶん、かなり激しい低温醸造も可能になると言えます)

さて、そういうわけで生酛づくしの毎日がもはや始まっているわけですが、これからは最近の当蔵の、生酛の作り方をご紹介してゆきます。

以下の写真は、生酛初期に起こる「亜硝酸反応」という化学反応の値を調べているところです。酒母のもろみを漉した濾液を吸い上げて、中の薬剤が赤く着色すると、亜硝酸が発生していると判定できるキットです。

亜硝酸反応

「亜硝酸反応」というのは何か?

おさらいになりますが、大事なことなのでまた説明いたします。

「亜硝酸反応」とは、生酛の初期に、水の中の硝酸態窒素という窒素分を、シュードモナスなどのバクテリア、つまり硝酸還元菌が分解して、「亜硝酸」という毒性物質を<一時的に>産生することをいいます。

簡単に言えば、金魚とか熱帯魚なんかを飼ったことがある方はご存知と思いますが、ある朝、特に水が汚れているわけでもないのに、酸素不足でもないのに、魚がいきなりたくさん死んでいたり、場合によっては全滅したり、そういうことがありますが、それです。魚が死ぬのは、亜硝酸の毒性によるものなんですね。

魚の糞や食い残したエサから出た窒素分が、バクテリアによって、亜硝酸に変えられてしまい、その毒性のため、魚がある朝、全滅しているわけです。

ほっとくと、その亜硝酸という毒性物質も、それを食べる類のバクテリアが増殖してくることですみやかに分解され、徐々に熱帯魚の水槽の環境は安定してきます。そして、最後は亜硝酸はゼロになる—–つまり、魚にとって安全な水槽になります。熱帯魚飼育では、この時点で、死なせたくない「本命」の魚を入れるわけですね。

これとまるきり同じことが、生酛の初期で起きています。生酛の初期で、亜硝酸反応が起きることで、乳酸菌以外の雑菌——特に、麹に混じってたくさん入ってきている野生酵母が、都合のよいことに淘汰されてしまうのです。

酵母類は亜硝酸に弱いのですが、乳酸菌は逆に亜硝酸に強く、生き残ります。そのうち乳酸菌が、乳酸発酵を始め出すと、亜硝酸に加えて乳酸が発生するため、phが下がって抗菌力が倍増します。さらには米も溶けて糖分も濃くなって、いよいよ微生物はすみにくい環境になります。

結果として、硝酸還元菌も乳酸にやられて死んでしまいます。すると、乳酸菌だけが生き残りますね。酸度はどんどん上がり、糖分もどんどん上がります。そして、(硝酸還元菌が滅亡したため)亜硝酸は激減して、最後にはゼロになります。

結局、熱帯魚飼育とまったく同じです。亜硝酸が消失してから、ここぞとばかりに本命の酵母、つまり培養酵母を入れるわけです。

すると、その酵母は楽々と増殖してくれるわけですね。酵母は(特に清酒酵母は)、亜硝酸には弱いけれど、酸と糖にはめっぽう強いです。競合相手の野生酵母がすでに死滅した状況ですから、わが世を謳歌するがごとく、バンバン増殖してアルコールを出します。

困ったのは乳酸菌です。彼らは亜硝酸には強いけど、アルコールには弱い傾向があります。酵母が増えると、どんどん弱ってしまいます。そして、アルコール分が10%も超えると死んでしまいます。

こうして、最終的には、まるまると太った培養酵母だけが生き残り、酒母を埋め尽くすという段取りです。

そういう経過を、顕微鏡で見るとわかりやすかろうと、今年は生酛対策に、こんなふうにデジタルの顕微鏡を購入いたしました。

IMG_5538

 

これで見てみましょう。生酛の初期で、酛摺り終わってしばらくすると亜硝酸反応が出てきます。

 

亜硝酸反応1

亜硝酸反応1ppm

1000倍の画像です。ピントがまだうまく合わなくてすみません—-。これで、亜硝酸反応1ppm。なんかまだごにょごにょ、いろいろ生き物がいますね。丸いのは乳酸菌でしょう。

 

亜硝酸反応3

亜硝酸反応3ppm

これが数日後の亜硝酸反応が3ppm以上の酒母です。なんかいきなり生き物が少なくなったような感じです。見事に亜硝酸のため淘汰されてしまったのです。これ以降、丸い乳酸菌が増えてきて、また桿菌という細長い乳酸菌(桿状乳酸菌)も増えてきます。

最終的には、それら乳酸菌の働きで酸度が4〜5まで上がり、かつ亜硝酸反応が減ってゼロになった頃を見計らって、優良清酒酵母(当蔵の場合、きょうかい6号)を投入するということになります。

いやー、昔の人は、こういう現象を、経験則でわかって酒造りをしていたんですね。想像を絶することです—–。生酛ってすごい! 続きます。