酒造乃心得

「二十歳以下のものが酒を飲んではならないような法律ができたり、

あるいは、酒を飲めば悪いというような宣伝などのために、

だんだん酒を飲む人も少なくなり、飲む分量も少なくなってくるように思われるが、

製造家の側では、生産費が増してきたために、清酒の価格を安くは売られないように

なるから、ますます清酒の需要が減少する結果になるように思われるのである。

このような有様であるから、高い酒を飲むならば、品質の上等なものを、と考えるのは

自然の成り行きである。

従って、二日酔いのする昔の酒が廃れて、垢抜けした清酒が歓迎され、

また防腐剤を入れない清酒が望まれるのは、当然の結果である」

これはいつの文章でしょうか?
先月の業界新聞とかではありません。

バーン! 大正十一年。
出典は、日本醸造協会の近畿支部が編集した、「酒造乃心得」という本です。

一昨年前、地元のすごい地酒専門店の店主さんから預かった、貴重なものです。

当時の「近畿支部」といえば、灘、伏見、北陸一帯までを含む、
もっとも技術的に高度な地区。
しかも、大正末期と言えば、当蔵でも技術革新が盛んに行われており、
六号酵母の生まれつつある頃、原料米の高度精白、
そして吟醸造りの模索などがピークに達していた頃ではないかと思います。

大阪大学醸造科で酒造を学んだ先々代も、きっとこの本は参考にしていたでしょう。
火事のため、当蔵のほとんどの資料は散逸していましたが、
いかなる奇遇か、酒販店さんのご好意で、名著「酒造乃心得」が、
今、こうして手元にあることは、たいへんありがたいことです。



$蔵元駄文-酒造の心得

この本は、一番よくまとまっているので、実用的に読むには最もいいです。
上記のような、「いつごろから、そういう同じ問題を抱えているのよ?」という
文書が頻発するのが面白く、技術書と別の面でも楽しんで読んでいます。

考えれば、清酒は、上記の方向(無添加/品質優先/価格維持あるいは高級化)
には進まなかったわけです。

あれ、それって日本酒だっけ? みたいな製法までが許され、
正反対の方向(安売り方向)へと突き進んだため、
たしかに昭和の48~9年までは、数量だけは伸びたわけです。

(アル添や三増製法は、明らかに税収が絡んだ問題なので、国策でした。
しかしメーカーも、普通酒の製法は既得権益として、その継続に異を挟まなかった)

おかげで、根本的な問題は根強く残ったうえに、
かつ清酒はそのブランド価値を完全に喪失し—–
今こうして、最悪の苦境に陥ってるのですね。

そして、灘、伏見で編纂された(….!)この本は、
こうした「心得」を持って締められるのです。



「今後の酒造はあくまでも品質を本位として改良せなければ到底、発達する見込みが立たない

ものであるから、これらの仕事に従事するものはその覚悟をもって常に研究を怠ってはならぬ。

ことに、過去の経験に満足している人は、時代遅れになって将来見込みのないものだと

いわねばならぬ」