哀しきすっぽん

「すっぽん」という酒屋用語をご存知でしょうか?
(業界関係者でないのに知っているあなたは、ちょっと重傷な日本酒マニアです。
粕剝がしに手伝いに来ませんか)

さて、「すっぽん」。
なんでこのような名前なのかよくわかりませんが、
亀の一種とは何ら関係なく、酒造技法のひとつのことなんです。

その前に—–
ちょっと、三段仕込みについておさらいしておきましょう。
「添(そえ)」、「仲(なか)」、「留(とめ)」
と呼ばれるものです。
酒母で育てた酵母を、確実に、しかも短期間に増やすため、
日本酒は、三回に分けて麹と蒸米を増量して、仕込みとします。

もろみ全体に対する量ですが、
酒母は、仕込まれるもろみ全体に対して、
一割未満の量です。これが添ではその2倍以上に、仲ではさらに2倍以上に、留では
また2倍以上に、と倍々ゲームで物量が増えてゆくのです。
これを三段仕込みと言います。

まあ、二段でも四段でもいいんですが、つまりは、
段数が増えると酵母が増えやすくなって活性が高まり、
段数が減ると酵母の増殖が抑えられます。
同じような理論で、添仲留の配合を変える、留の比率を重くすると発酵が抑えられる、
添の比率を大きくすると、発酵が進みがちになるという理屈です。 

ここまでは大丈夫でしょうか?

さて、この三段仕込のはじめのステージである「添」について。
この「添」というのは、完成した酒母を、まずはじめに
2倍にする作業ということです。

使用前の酒母というものは、通常、「枯らし」という過程を経ております。
それ以上、アルコール発酵しないように、
非常に低温にされているため、酵母が休眠しているのが普通です。

このため、酵母をしっかり起こさないと、それからうまく増殖
してくれないので、添は、比較的高い温度(それでも12~13℃)で仕込みます。

仕込んだ後も、さらに一日放置して、酵母をしっかりと増やします。
この2日目、放置する日を「踊り」といいます。
酵母が目覚めて、増殖、軽微な発酵を開始すると、添のもろみの表面には
数本の泡の筋が浮いてきます。
蔵によって、筋泡何本とかで、酵母の活性を見て、増殖をコントロールします。
ほっとくと、全面泡だらけになりますが、酒が粗雑になるので、
そこまでは「踊」らせないのが通常です。

このように、「添」は、酵母を休眠状態から目覚めさせ、しっかりと増殖させることで
それ以降の段仕込み、仕込み完了後のもろみの立ち上がりを安全に運ぶためのもの。
大変、重要なステージなわけです。

この「添」で、温度が低下しすぎたりすると、酵母が休眠から目覚めず、
一方で、雑菌が先に繁殖したりなど、危険なことになります!!

このため、伝統的な造りでは、
「さあ、仕込みだ!」—–からといって、
いきなり少量の酒母もろみを、でかい仕込みタンクに移して、
蒸米/麹/水を増量して「添」仕込みを行うのではなく、
まずは、専用の、ちょうどいい大きさの、小さなタンクを
使って「添仕込」をすることが通例です。
そして、この時使う、小さめのタンクを、「添桶(そえおけ)」といいます。

でかいタンクでは、表面積が広がってしまうので、冷えやすいのですが、
小さなタンクなら、大丈夫。もろみの温度は冷えにくく、しっかり
添仕込みのあと、もろみは踊ってくれるわけです。
日本酒は、寒冷地で造られるので、こうした添桶を使うことが多いのです。

しかるに、温暖化。10月半ばなのに、秋田でも20℃近くある。
添桶、むしろ必要ない。温度上がり過ぎる。

ということで、気温が高めのとき、あるいは品温操作に自信が
ある時など、添桶を使用せず、いきなりでかいタンクで、添仕込をすることがあります。
これを、「すっぽん」と言います。
当社は今年から「すっぽん」をやりはじめました。
まだ気温、あっついからです。

ということで、当社の「すっぽん」仕込み、公開!!

添桶を立てていた時は、圧送ポンプを使って、添のもろみを、仕込みタンクまで運んでいましたが、
物量が、添の半分と少ない酒母の段階で運ぶのならば、ポンプを使わないでも、
酒母タンクごと持ち上げることで、人力で、もろみを仕込みタンクに投入できる!

これは相当な魅力です。
なにしろ、ポンプを使うともろみが圧力で潰れがちになるし、
雑菌汚染の原因にもなります。

ということで、
ホイストで、酒母タンクを吊って、パレットに載せて——

蔵元駄文-クレーン

それをバッテリーフォークリフトで、仕込み蔵の足場まで持ち上げて—-

蔵元駄文-仕込み蔵すっぽん


無事、すっぽん完成。
酒母タンクを仕込み蔵の足場までもってくるのは、手間がかかるけど、
品質が上がれば問題なし!
と、我々全員、ご満悦でした。


さて、ところで——
先日、青森の田酒さんに見学に行って、仕込み蔵の足場の上で、タンクを眺めながら、
細川杜氏に、
「添桶立ててます?」と聞いたら、
「いや、すっぽんだよ」というので、
「ここまで、酒母タンクを、フォークリフトで上げるんですよね」と聞いたら、
「え? いや、普通に下から」
とおっしゃります。

「なんでフォークリフトが出てくるの? 工事現場? you、頭大丈夫?」
というような顔でおっしゃるので、
私もどう対応していいかわからずにいると、
細川杜氏は、
これ↓を、もってきてくれました。

$蔵元駄文-追加

蔵元駄文-田酒すっぽん


見た瞬間、自分が若年性痴呆性にかかっていたのだろうかと思うほど、
ショックを受けました。
仕込みタンクの下部にくっついている、2本のもろみの出し入れ口は「吞み」と言われますが、
酒母程度の量だと、上の「吞み」まではもろみが到達しないんですね。
だから、添仕込みのために、酒母をタンクに移すなら、上の「吞み」から流し込めばいいんです。
なんか、当たり前のことらしいんですが—–
私は知りませんでした。うちの鈴木杜氏、アンド古関副杜氏—–
君たちまで、いったいなんで知らないんだ?
まずは、ありがとうございました、細川杜氏。


で、早速、当蔵の鈴木杜氏が、哀しいことに、数時間で(!)造りました。
酒母流し送り装置「すっぽんさん」。
近くに酒母タンクをもってきて、柄杓で汲み入れる。勝手にタンクに入る。
我が蔵の銘柄名のごとく、たいへん「革命的」な代物です。
ちなみにうちのタンクは、足が高いので、受け皿の位置が高くなるようです。


蔵元駄文-改良前

で、今日見たら、さらに改良されている。革命度が上がっている、
いや、上がりすぎている?
位置が、やたら高すぎないか? これどうするんだ?
結局、酒母タンク、リフトで上げるのか?
目の錯覚なのか、田酒のものと違いすぎているような気が—–

よくわからない—–う~ん、早く現場に入らないと——-



蔵元駄文-改良後


~~FIN~~