世界に冠たる日本酒の製造技術の中でも、
何が最も優れているかと問われれば——
「三段仕込み」とか「平行複発酵」とか、いろいろと挙げられると思うのですが—–
私は、生モト系統の酒造りにおいて、「亜硝酸反応」という化学反応を
引き起こすことで、殺菌性を高めている点をベストに愛しています。
ちなみに、ワインでは、硫黄を燃やして二酸化硫黄を作り出しますね。
これが亜硫酸塩という形で抗酸化/殺菌作用を果たしますが、
日本酒では、この技法がなかったのもあって、亜硝酸という成分を、無意識的に活用していたと
いえます。
メカニズムを説明しますと、仕込み水の中にいる硝酸還元菌というバクテリアが、水の中に含まれる硝酸を還元し、亜硝酸という形にします。
(これはあまり、言いたくないのですが、濾過した水とか、キレイな伏流水とかには硝酸還元菌はいません。硝酸還元菌は、食料である硝酸を含有した水でなければ、存在できないのです。
そして、硝酸が多いというのは、まあ「自然」に近いというか—-完璧に綺麗な水というわけでは
ない水です。
話は戻りますが、たいてい、酒屋で仕込みに使う水は、あまりに綺麗すぎるので、
これを用いて生モト/山廃を造るときは、発酵助剤として許されている「硝酸塩」を入れたりします。あとは、硝酸還元菌が少ない場合は、汲んできてから水を、飲用に問題がない程度まで、しばらくほっといたりしないとなりません。人工的に、水を加工というか、汚すというか、いい意味で「自然な状態にする」必要があるわけです。まあ—–内緒にしておいてください)
亜硝酸は、亜硫酸より殺菌作用が低いので、これだけでは、雑菌汚染を防ぐことはできませんが、
サポート役としては良い働きをする成分です。
さて、下は、生モト/山廃の汁を採取して、その亜硝酸反応を調べているところです。
赤いほど、亜硝酸反応が高いといえます。
うーん、ナイス。一番左は、真っ赤ですね。硝酸還元菌が活発に活動しているようですね。
硝酸還元菌って、実は、水垢とかのヌルヌル(バイオフィルムという)の原因菌なんですよね。
なので、飲用に問題ない範疇で、ヌルヌルしている水を使うと、
硝酸還元菌の立ち上がりは早いですよね。
まあ——これも内緒にしておいてください。
で、この亜硝酸反応は、乳酸菌が立ち上がってくると、残念ながら、
だんだん消え去ってしまいます。
硝酸還元菌が増えた後は、2種類の乳酸菌
(はじめに、亜硝酸に弱い球状乳酸菌<ロイコノストック>が立ち上がり、
次に亜硝酸に強い桿状乳酸菌<ラクトバチルス・サケ>)
があらわれます。
*コアな話ですが、「俺は桿菌だけのほうが好き!」とか「いや、球菌がハードに
立ち上がらないとダメ」とか、生モト好き技術者の間では、桿vs球の「乳酸菌論争」があります。
まあ、これ以上は大変な世界になるので、いずれの機会に譲りますが—-
実際、顕微鏡で見ているうちに、かわいらしく見えてくるのです。
まったくもって、漫画の「もやしもん」みたいですね。
一方で、低温ながら、粛々と米は溶けまくって糖濃度が上がります。
ということで、亜硝酸、乳酸、糖分という、雑菌淘汰のための三要素が
生モト酒母の初期で、同時に存在することになります。
このため、産膜酵母や野生酵母などの、好ましくない酵母たちや、
ヒトの手から入ったブドウ球菌とか、人体の常在菌系統のグラム陽性菌がまずは殺菌され、
ひいては硝酸還元菌(=グラム陰性菌)も滅亡します。
乳酸菌だけが残った頃に、清酒酵母が徐々に増殖をはじめ、
最終的には、乳酸菌は、清酒酵母の生産するアルコールによって淘汰され、
「最後に残るは清酒酵母のみ」というたいへん都合の良い状況が作り出されるわけです。
教科書的な説明で恐縮ですが、
これが、まぎれもなく日本酒の技術の極北で芸術的境地であります。
すごいというか——
まだメカニズムが完璧に解明されていないというくらいなので、
想像を絶したことなのです!
と、一生懸命、同業者に説明したところ、
「亜硝酸反応いうのは、綺麗すぎる水では普通は起こらないことなんだから、
ある意味、あまり綺麗でない水で酒母を立てたら、雑菌汚染がないキレイな酒ができました
っていうパラドックスのことだよね」
などとロマンのない返しをされたことも—-。
まあいい。
なにはともあれ、
I LOVE 硝酸還元菌!!
硝酸還元菌にもいろいろあって、硝酸塩を亜硝酸にするのは当たり前ですが、
この亜硝酸をアンモニアに、あるいは窒素ガスまで変えてしまう強者もいます。
が、日本酒で必要なのは、亜硝酸で止まってくれるタイプの中途半端な硝酸還元菌。
これ、具体的には腸内細菌とか緑膿菌とかの、ばい菌のことなんです。
特に緑膿菌が主体ですね。
いわゆるシュードモナス。
「緑膿菌は、健常なヒトに感染することはほとんどない毒性の低い細菌であるが、免疫力が低下したヒトに、ムコイド型緑膿菌が日和見感染すると、緑膿菌感染症を引き起こす」by wikipedia
とありますが、まあ、つまり、どこにでもいるもの。
(追記)
ばい菌だからといって、そんなにびっくりしないで下さいね。今、あなたの指にも無数に
くっついてるものですから。いや、ばい菌という表現はしないほうがいいのですね。
これらは、常在菌なのであって、あなたの体で繁殖することで、他のもっと危険な菌が、
あなたの体で繁殖するのを防いでいたりするのです。
が、まあ内緒にしていてください。部分的に引用されたり、
誤解されて伝わると、問題になりますので——
しかしながら、これら硝酸還元菌が好きすぎる(?)からといって、
亜硝酸反応バリバリの生モト系酒母を舐めるのは御法度!!
体によくないと思われます。
亜硝酸塩も、亜硫酸塩も、食品添加物ではあります。
自然界にも普通にあるから、という理由です。
亜硝酸については、食べ物では、植物(特に根菜)によく含まれているということです。
(肥料が多ければ、それだけいっぱい入ってます)
とはいえ、食品添加物に興味がある立場の方から言わせると、
やっぱり亜硝酸には気をつけたほうがいい。
亜硝酸が、ヒトの胃の中で、肉類などタンパク質豊富な食品に多く含まれている「アミン」
という物質と結合すると、ご存知、ニトロソアミンなどの第一級の発がん性物質に変化します。
なお、ニトロソアミンについては、一時期、社会問題にもなったことですし、
この件は専門の著書に譲ることにします。
(ちなみにワインの亜硫酸塩も、生モト系統酒母で出る亜硝酸も、製品には含まれていないので、
気にすることはありません。
気をつけるのは、酒母担当者くらいです)
ということで、酒母担当の津川くん、いくら酒母が好きでも、亜硝酸反応が消えてから
味見するようにしましょう。
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こっちのお話は、また今度!!
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