さて、前回は菩提モトのことを書こうとして、麹の文化について長らく語ってしまいましたが、
菩提モトのことを説明するには、どうしても対比として、「麹」の説明が必要でした。
前回、穀物酒の醸造のためには、澱粉を糖分に変えるプロセスが必要だということを書きました。
はじめは「口噛酒」としてヒトの唾液に含まれる糖化酵素が使われ、
それから高温多湿の中国~東南アジア~日本では、麹菌=カビの産生する糖化酵素を使うように
なりました。
しかし、他の穀物酒はどうなんでしょうか?
例えばビールは?
高温多湿とはまるっきり真逆の環境のエジプトで生まれたビールは、麦を原料とする穀物醸造酒です。カビと無縁の地で造られる醸造酒であるビールでは、どうやって麦を糖分にしているのでしょうか?
その答えは—-麦そのものが生み出す酵素を使っているのです。
麦を湯につけておくと、胚芽部分が「発芽」します。
そして、この芽には、大量の糖化酵素が含まれているのです。
芽は発育する時に、糖化酵素を出して自らのでんぷんを糖分に変えるのです。
このように麦を発芽させたあと、乾燥させたものが、
みなさんご存知の「麦芽」というものなんですね。でんぷんと酵素がたっぷりの代物で、
日本酒の麹と同じ役割を果たすものです。
*なおドイツでのビール造りでは、(ホップを除き)麦芽のみで酒造りを行います。
これが、麦芽100%のビールですね。
ビール造りでは、この麦芽を粉砕して水と混ぜます。
これを、酵素が働きやすい50~70度の温度帯で糖化させます。
麦芽には糖化酵素だけでなく、いろいろな酵素が含まれていますから、その酵素を働かせたい温度をキープすることで、いろいろな味を生み出す事ができます。
(ここらへん、日本酒ではできない魅力的な業と言えますね)
そして、糖化が終わると、酒が腐らないようにホップという薬草を入れます。
ホップは苦みと爽快な香りも付与します。
(これがないとビールは、ややアルコールが含まれただけの、まったりした単なる
甘い汁のようなものかもしれません)
最後に酵母を投入し、発酵させれば、ビールの出来上がりです。
中世以降、ビールはもっぱらドイツで発展しました。
世界的に著名なドイツの軍人である故シュトロハイム氏によりますと「ドイツの科学力は世界一」とのことですから、ビール醸造も同様に世界一、効率化/機械化されました。
製法が定式化したり、かつ機器に規定されすぎたりすればするほど、
同業者間で、なかなか個性が出しづらくなるように思います。
こうしてビールは、大量生産可能なスタイルになりましたが、このため、どの国でも
大企業による寡占化が進んでしまったのかもしれません。
これは日本の状況を見ても明らかかも—-。
それはさておき。
日本酒造りでも、米自身が持つ酵素によって、米のでんぷんを糖化できても不思議ではありません。そもそも世界的に見ると、麹文化のほうがよっぽど特殊で高度なものなのです。
麹を使わずとも、麗しき乙女が咀嚼しなくても、米は自らの力で自らを溶かす事ができるわけです。
そして、実際その技術は、約600年前に奈良にて生まれ完成し、大正時代に消滅した
この「菩提モト」で使われていたのです。
またまた続く。