奇妙なもろみが出現しました。
秘醸酒のひとつである「翠竜」(すいりゅう)は、
乳酸を添加しないで酒母をたてる新技法(?)です。
酒母担当の津川と設計をした、いわゆる「変態酒母」のお酒です。
酒母のくせに、三段仕込みで造られるので、たいへん難儀でお疲れさまです。
レシピはといえば、蒸米と水と培養酵母を用意。
初段では、衛生に徹底的に気をつけながら、まずは酵母自身にがんばって酸を出させます。
あとはその酸度を薄めないように、段仕込みを行い、
その酸とアルコールで、雑菌を淘汰します。
しかし、これでは、構造的に、野生酵母あるいは蔵付き酵母の侵入を防ぎきれません。
よって、昨年の「翠竜」は、産膜酵母の侵入を受けたのか、ややツンとする香りがし、
まるきりシェリー酒のよう。酒自体も相当に切れ味が鋭く、相当に個性的でした。
個人的には「赤やまユ」の次くらいに好きな酒でしたね—–。
まあ、賛否両論でしたけども——
無論、フツーに製造側の視点から見ると、ほかの酵母たちに汚染されたわけなので、
ありえない酒というか、存在自体がタブーなんでしょうが、
私にとってみれば、別に、汚染しようがなんであろうが、
酒が面白く、おいしく、コンセプトから外れていなければ、特に関係ないです。
例えば、ワインなんてのは、(日本酒のような培養酵母での仕込みも相当多いみたいですが)、
基本的には、葡萄の果皮についた野生酵母で発酵させます。
当たり前ですが、そうなると常に複数種の酵母が入っていて、
それぞれもろみの中の居心地の良い時期に、都合の良いところで、役割に応じた発酵をします。
日本酒でも、蔵付き酵母で仕込むところがあります。
(これは相当難易度が高いので、誰でもできるわけではない造りですが)、
あれだって蔵付きの酵母や、野生酵母などが、複数種入り込んでるに決まってます。
いや、そもそも、昔は自然の蔵付き酵母で仕込んでいたのですから、それがフツーで、
培養酵母で仕込む方が人為的でイレギュラーなんですね。
(当蔵は、培養するための酵母である「きょうかい酵母」の発祥蔵なんですが—-
それはおいてといて)
ですから、(単にキレイな酒がいいというなら別ですが)
複雑でワイルドな味わいを楽しみたい人には、別に酵母が純粋である必要もないわけです。
ということで、
「翠竜」は、もともと『乳酸無添加』の手法を確立するための仕込みであったのですが、
やや様子が変わってきました。
というのも、今年、白麹を使って酒母を醸した「亜麻猫」が成功したこともあって、
『乳酸無添加』技法は、もうひとつ増えたことになったわけです。
そこで、今年の NEW 「翠竜」には、
『酵母の共生』というコンセプトを、新たに与えようと思いました。
山廃手法以外で、安全に醸造できる範囲内において、かつての「単菌主義」から逃れ、
家付き、蔵付き、産膜酵母などもある程度侵入を許す機会をあえて残して、
酒の香味に、ブレを与えてみようと思いました。
酒母担当の津川は、昨年以上に腕を増しているので、今年は、ほぼおまかせ。
腕を振るって、さらに徹底的に汚染の機会を減らしてもらいました。
しかしながら、どんなに頑張っても、菌には勝てない。
絶対に何かしらの微生物が侵入するでしょうから、
そのギリギリの線で生じるハプニングを、そのもろみ固有の特徴として求めたかったのです。
(酒母は、相当な確率で、家付き/蔵付き酵母に汚染されています。
例えば速醸酒母は、他の酵母の侵入を許しやすく、
顕微鏡をのぞいてみると、けっこうな割合で野生酵母が見つかります。
ちなみに、もっとも純粋な酒母は、オーソドックスな山廃仕込みにおいて、
培養酵母を使用することだと思います。こうなると、限りなく100%に近い純度の
酒母ができるでしょう。その次に酵母の純粋性が高いのは、高温糖化だと思います)
そうしたら—–
予想を完全にぶっちぎって、
ハプニングがほとんどトラブルになってます。
なんだかわけのわからないものが出来つつあります。
今年の「翠竜」も、酵母は「きょうかい6号」の泡あり酵母を使用して、仕込みました。
そして、酒母までは、普通だったのですが、ある日、分析の三野くんが、
もろみの異変に気づきました。
「なんか、ありえない香りがします—–」
津川の酒母設計も、昨年より、手が込んでいてレベルアップしてます。
酒母の衛生度を高めるため、いわゆる「打瀬」という手法
を組み込みもしました。
ですから、まったく違う酵母が大量に侵入して、泡あり六号を駆逐する、
なんてことは考えられません。
というより、めちゃ泡出てるし。六号酵母なのは間違いない。
となると、何が起こったのか——
とにかく、思いっきりフルーティな香りがします。それもちょっとキツすぎるほど。
清酒の香りでこんなものは、今まで一度も嗅いだことはないです。
六號酵母の香り等では断じてなく、あらゆる吟醸酵母にもこんな香りはありません。
蔵人全員が困惑しています。顔面蒼白になり「津川菌……」と言う人もいます。
具体的には、ごつい甘酸っぱい香りで、
完熟した桃の果肉の香りとアセロラジュースと木いちごの香りが合体したような、
呆然とするようなアロマが、仕込蔵全体に漂っています。
いったいどんな酵母が侵入したのか?
侵入したのは酵母なのか?
侵入した微生物と、酵母が共同でこの香りを出しているのか。
この香りはなんなのか、いずれ消えるのか?
いちおう、ちゃんとアルコール発酵はしていますが、
酸度はやや高め。
最悪な雑菌汚染が生じた? これは酸の臭いの一種で、つまり「腐造」?
いや、泡は軽く、汚染ということもなさそうですが、何か判別しがたい
異常なことが起こっていることは確かです。
おそろしくてたまりません。
なにかあったら、もろみを救済しなくてはならないので、
勉強をはじめてます。
いったいどんな酒になるのか?
そもそも、酒になるのか?
搾ったら普通の酒、なんてオチなのでしょうか、今年の
「翠竜」!