Q&A5 では、生モトと速醸とはどう違うの?

話が前後しましたが、
「『生モト』と『山廃』の違い以前に、
『速醸』と『生モト』の違いから説明したほうがいいのでは?」、

「そもそも『速醸』ってわかりません」、「見学のネタをもっとやってください」

「写真がないと読みにくいです」
などろもろ、客観的なアドバイスをいただきましたので、表題の件について、
ごくごく、簡単に追記させていただきます。

えー、
「速醸」と「生モト」は、これはもうぜんぜん代物が違う酒母です。

「速醸」は、定義すれば「別途、用意した『乳酸』のみを添加して造る酒母」ということになります。
「生モト」みたいに、酒母の中で「乳酸菌」は繁殖しません。

*ちなみに復習ですが、「生モト」は、ひとつの酒母中で、主に乳酸菌と酵母が、
(詳しくはすべてに先立って硝酸還元菌も、ですが)
連続的に増殖、発酵するものでした。

乳酸を入れる「速醸」、乳酸菌を活動させる「生モト」
どちらが、昔ながらの造り方に近いでしょーか?

実は、これがなんと、手法の原理から言えば、前者の「速醸」が類する系統のほうなんです。
(別途製造した乳酸を入れる手法は、「速成モト」というグループです)
「生モト」は、複雑で高度なだけに、比較的、最近の技法なんですよね。
江戸時代ですから。日本酒の歴史では「生モト」は新参者です。

さて、この昔のタイプの「速醸」は、「水モト」と言われてました。別名「菩提モト」。歴史は古く、
これはもう、平安~奈良時代とかからやってた技術です。
(今でも、ドブ○ク造りで使われているようです—-)

そのレシピは以下。
まず「そやし水」(悪い言い方では「腐れモト」ともいう)、つまり、
「自家製乳酸」を始めにつくるところからスタートします。

造り方は簡単で、水に、米を入れます。すると、いずれ乳酸菌が繁殖して、
まあ、簡単に言うと、米汁が腐って、甘酸っぱくなります。
こういう酸っぱい汁の中には、乳酸菌のおかげで、乳酸がいっぱいできているわけです。

そして、この「そやし水」を加熱殺菌して、
乳酸菌を殺してしまえば、無事、乳酸がいっぱい入った清潔な液体が手に入るというわけです。
これを使うことで、酒母を一瞬で酸性状態に導くことができて、雑菌の繁殖を抑えつつ、
酸に強い清酒酵母のみを、優先的に増殖させることができたのです。

「生モト」系統は、同一のタンクで連続的に「乳酸菌発酵→酵母による発酵」を行うのですが、
これを分断して、先に「乳酸菌発酵」だけ行って、乳酸だけ取り出したのが「速醸」が
類する「速成モト」系統の造りだと言えます。

しかし、昔は、なかなかこの技法が安定しなかったのでしょう、
うまく酵母が増えなかったり、弱い酵母ができたりして、
酒造りは相変わらず、大変なものだったといいます。

結局、この「水モト」=「菩提モト」は、
「生モト」があらわれてからは、廃れてしまいました。
「生モト」は、前回解説したように、複雑きわまりない手法ですが、
それだけに、乳酸菌や酵母の性質をよくとらえた手法です。
なんと、菌の変遷の過程で、清酒酵母増殖前に、完璧な無菌状態が作り出されるという、
想像を絶したメカニズムをもったものです。
はっきり言えば、「水モト」とは、比較にならないほど安全に、
強靭な酵母を生育することができるものです。

しかし、時代は変わる。
いっぺん廃れた「水モト」「菩提酛」の酒造法の原理は、
明治時代に「速醸モト」という方式で復活します。
「酒の神様」とまで言われた大技術者、
江田鎌治郎(えだかまじろう)
という方の功績です。

「速醸モト」が可能になるには、二つの前提が必要でした。
それは、「酸」と「酵母」の工業的量産です。

まず、当時は、「乳酸」や「塩酸」「リン酸」などが工業的に大量に量産されはじめていました。
一方、日本醸造協会は、各地の銘醸蔵から、「きょうかい酵母」という酵母を採取して、
培養、頒布しはじめておりました。

この二つを組み合わせることで、従来の、不安定な「水モト」が改良され、
「速醸モト」が完成したのです。

酸は、純粋で汚染がなく、しかも、好きな濃度を添加できるようになったわけです。
また、酵母も同様に、純度の高い高性能なものが、大量に手に入るようになりました。
これで、雑菌汚染の可能性が、格段に減少したのです。

開発当初は、江田鎌次郎氏の速醸は、昔の「水モト」のように、
仕込み温度が高く、酵母を一気に増殖させてしまうという、
6日~7日くらいでできあがるインスタントなものでした。
このため、どうしても弱い酵母しかできず、しばらくは普及しませんでした。
(代わりにこの時期、生モトの手法の一つとして、「山廃」が普及しました)

しかし、この「速醸」を、さらに改良したのが、またまた何度も私のブログで出てきます
「花岡正庸」先生。(読み方:はなおかまさつね=ですが、秋田の人は、親しみを
込めて、はなおかせいよう、と言います)

花岡先生は、「速醸は、仕込み後に、温度を低下させるべき。こうして、
酵母の活動を一旦抑えて、先に米をよく溶かしたほうがうまくいく」として、
いわゆる「打瀬(うたせ)」という低温状態を造る必要性を説きました。
このおかげで、より強い酵母ができることになり、「速醸」酒母でも、「生モト」にも劣らない
ほど安全で、しっかりした酒を造ることができるようになりました。

また時代は下って、「高温糖化」酒母という技法も出来ました。
「高温糖化」酒母では、「速醸」のように、低温の「打瀬」を行いません。
それどころか逆に、温度を思い切り高くします。いきなり55℃くらいの高い温度で、
仕込みを行う事で、殺菌しながら、麹の酵素の力を最大限に利用し、
数時間で米を溶かしてしまうのです。
それから、温度を下げて、乳酸と酵母を入れるというわけです。


さて、ここまで読まれた方は、おわかりかと思いますが、
「酒母」造りにとって、一番重要なことは何でしょうか?
「酒母」にとって、もっとも大切なポイントは、一つ。

・「生モト」系統の「摺モト」では「米を摺ったり」
・「速醸モト」では「打瀬をとったり」
・「高温糖化モト」では「高温で糖化させたり」、
するわけですが、

これはすべて、「米がよく溶けてじゅうぶんに栄養がある状態になってから、
酵母を増殖させること」を主眼としてます。
酒屋用語では「早沸きを防ぐ」こと、とでも申しましょうか。

えー、結論。

速成モト系統 1、速醸モト
       2、高温糖化モト

生モト系統  1、摺モト
       2、山廃モト


現在まで行われている酒母の造り方は、おおよそですが、このような感じになるわけですね。
ごくごく簡単に—-と思ったのですが、
ご勘弁を!