お酒の飲用適正温度について

心配されていた稲の生育も、このところの好天続きで挽回いたしました。 
写真は、最近見に行きました大潟村の「美郷錦」というお米の稲です。
半分、山田錦の血が入っているため(残り半分は美山錦)、相当でかくなります。
といっても亀ノ尾ほどではないとのことですが——
昨年の美郷錦も個性的な酒が出来ましたので、
今から、出来上がりがたいへん楽しみです。

蔵元駄文-美郷錦

造りが終わり、今年造った酒を飲みながら、
いつ出そうかとか、来年はどうしようかとかか、
考える事がいっぱいです。

最近の悩みは、飲用温度帯のことなんです。

自分のとこの酒(秘醸酒を除く一般的製法の酒)は、
常温近辺かそれ以上で、「旨い」んですね。
なぜかというと、直糖(ブドウ糖)が少なくて、やや酸が高いので、
若いうち、あまり低い温度で飲むと、やや辛口に過ぎ、
本領が発揮できないようなんです。

一般的に、温度が上がると、甘みや旨味は強く感じられます。
苦みは少なく感じられます。
酸味は、温度に関係なく、一定の感じ方です。
なので、燗をつけると、甘みと旨味が強くなって
苦みが少なく感じられるようになります。

なので、アル添のためやや味が軽快に、時には薄くなりがちな「本醸造」は
燗にすると旨味が出てきて良いようです。

また、生モト/山廃のような酸のやや高めに仕上がる酒も、温めると、酸味に対して
甘みがせりあがってきて、バランスが取れて、「燗あがり」します。

逆に冷やすと、甘み/旨味は感じられにくくなり、また酒が鋭角的に、堅く感じられます。
酸が低くて甘口の酒(鑑評会スタイルあるいは利き酒向きの吟醸系統)
なんかは、冷やすと、甘みが引っ込んで、ちょうど良くなる。
(また、やや劣化した酒、あとは新酒で荒すぎる酒なんかも、冷やせば、わからなくなります)

しかしそういう酒は、冷たいときには良いだろうけど、だんだん暖まってくると
ダレが目立ってきて、くどくなって、とうてい飲み続けられなくなります。
これも困り者です。

本来、人は、自分の体温に近い温度帯で、もっとも鋭敏な味覚を発揮できます。
なので、人肌燗でこそ、酒の味を、深くまで味わう事ができます。

ということから、私は、20℃くらいの常温から、30℃中盤くらいの温度帯で、
良いバランスの酒こそ、もっとも味わい深く、模範となる日本酒だと思うのです。

仮に爽快感が欲しい場合でも、ワインのように10~15℃くらいまでが最低ラインでしょう。
それ以下では、酒の味を隅々まで味わえなくて、もったいない気がします。
日本酒は、国産ビールのような、のど越し優先のご無体な低温で楽しむべきものではないのです。
もっと繊細で複雑精妙な味わいがあるのですから。

とはいえ、私も、
実際のところは、自宅でも店でも、かなり冷えた日本酒を飲む事が多いです。
自宅では、冷蔵庫から出してきて、待ちきれずに比較的すぐ飲んでしまいます。
(レンジで常温に戻すこともありますが、難しいのであまりしません。
対流が起こらないので、原理的にはいいんですが、コツが入ります)

飲食店でも、きちんとした店ほど、冷蔵庫で管理してますし、
ギンギンに冷えた日本酒を飲む事がほとんどです。

これ、酒の管理的には素晴らしいんですが、
味わいの面については、あまりいい状況ではないと思います。

ギンギンに冷えているほど旨い酒というのは、常温では味が多く、甘ったるく、
時には、劣化しやすいものである場合が多いです。
そういう酒は、熟成はしないで、ダレてそのまま劣化に向かいます。

多くの蔵も、こうしたことは当たり前の知識として知っているのですが、
現実問題として、5℃くらいの温度で飲まれて、評価されてしまうことが一般的なので、
しぶしぶ、冷やで最高のパフォーマンスをするような酒を造らざるを得ないのです。

熟成してふくらんでくる、常温~燗で旨い酒は、
しっかりと甘みを食い切らせて、最後までしっかり発酵させた造りをし、
搾ったときには、やや薄っぱで、やや堅くて渋いところもあるようなタイプがいいみたいです。
こんな酒は冷酒では、(特に、秋上がり前の新酒時代には)そんな旨いとは、思われないでしょう。

ただし、こういう酒は熟成して味が開いてくると、抑制された深みを感じさせる良酒になります。
そして、当蔵でも、そういう酒を造ろうとしているつもり、なのですが——
一方の問題として、前述したような飲酒現場の現実を考えると、
そういった酒では、あまりに冷たい温度で飲まれると、相対的な評価としては
不利なところが出てきてしまいます。

純米吟醸などは、もっと現実に即した味バランスがいいだろうか。
常温やぬる燗を、メインの温度帯とは考えず、
5℃近辺の低温度で飲まれることを「前提」として、
熟成させるさせないに関わらず、
もっとわかりやすく甘みを乗せていったほうが、現実的には正しいのだろうか?

現実に、低温で飲まれるシーンが大半なら、それにあわせた酒造りをするのがプロだろうか?
お客さんはそちらのほうが喜ぶだろうか?

これは、相当な難問です。

蔵元駄文-やまユ

まあ、今年の酒はじっくり育てる事にして、
その出来を見てから、ゆっくり考えてみま~す。