純米蔵ということ

ついに今年は秋田で、二蔵の純米蔵が誕生しそうです。


まずは、「白瀑」さん。すでに普通酒が存在せず、100%特定名称酒になっており、
なんら問題なく、純米酒のみの製造に移り変わりました。
といっても、山本友文常務が蔵に帰ってきたときは、地元向きの普通酒だらけだということでした。
山本常務は、これを数年で解決したのですから、すごい—-。

(ちなみに、普通酒そのものが悪いというわけでないです。
あくまで経営の問題です。普通酒では、価格競争の脅威に常にさらされているうえ、
今後の需要を担う、新規ユーザーを取り込むのが難しい点が、
蔵の経営に影を落としていたので、問題だったわけですね)

ところが、山本常務は、有無を言わせぬ、すさまじいトップダウンの指導力を発揮。
この厳しい状況を、たった数年でひっくり返してしまいました。

偉大な人間には、伝説がつきものですが、山本常務の逸話を披露しましょう。(いいですよね?)
山本さんは、経営と酒造りを同時にこなす中のストレスで、尋常でない激痛を伴う、
ひどい顔面神経痛になり、ついに神経が治療困難なほど麻痺。今も、後遺症があるということ—–。
なんともご愁傷さまですが、これは、名誉の負傷でありましょう。

私がはじめてお会いした時、たしか顔に包帯かなんか巻いていたような気が——
ともかく、想像を絶する地獄を経て、
「白瀑」は、特別純米、純米吟醸メインに蔵を変革し、しかも増石まで果たしたわけです。
まさに恐るべき商品開発力、経営能力と言わざるを得ません。
(「一白水成」の渡邉康衛 社長も、同じように恐るべき改革を成し遂げていますが、
実に彼らには、頭があがりません)


あとひとつの、純米化に邁進しておられる蔵は、
「天の戸」さん。
みなさまご存知、秋田の誇る、森谷杜氏が製造を指揮する、お蔵さんですね。
「天の戸」さん、今年の仕込みは純米酒のみ、ということだそうで、
白瀑さん同様、アル添の在庫がなくなり次第、すべてが純米酒に切り替わるご様子。
「天の戸」さんと言えば、半径5キロ以内の米しか使わないというドメーヌ的発想の
お蔵さん。無論、優良経営蔵でありますので、こちらもなんら障害なく移行されているようです。


いいなあ。
実に、いい。


やっと、我が秋田から、純米蔵が誕生するのかと思うと、
感慨もひとしおです。
実に、うらやましい。

えー、
当蔵の進捗。

まずは、一昨年前からですが、使用している米が
100% 酒造好適米となっています。
めちゃ高いですが、食用米とは比較にならないほど良い酒になるので
酒米しか使わないと決めました。

そして、今年からは、100%秋田県産米。
雄町、山田錦などは使わないと決めました。
ということで、秋の精・吟の精・酒こまち・美郷錦・改良信交・美山錦の6つが
我々の武器、秋田の誇る酒米軍団たちです。
蔵のポリシーとしては、完成度より、個性、秋田らしさを求めたかったからでした。


で、ここまで来ると、せっかく秋田100%印の素材を使っているのに、
第三世界の穀物なんかからできたエタノール(醸造用アルコール)
を入れてしまうのは、まあ酒がキレイに軽快になるのはいいんだけど、
どうにも格好がつかないと思い、
できるだけ純米酒を増やしたいなあ、と頑張っているわけです。

で、ついに!
やっとこさ、本醸造が、純米酒に切り替わりそうな感じです。
もとよりアル添量も少ない本醸造でしたし、
いっそ、純米酒のほうが、気合いが入りますので、本醸造よりも、キレの良い
うまい酒になると信じていますし、それを理解してもらうべく努力しないとならないと思っています。
かつてより、うまくならないとお客様への背信であり、
勝手な自己満足になってしまうので、それは避けないとならないと、頑張っています。


しかし、普通酒。
これは難儀です—-
早急に純米には、まだ、なれない。

当蔵は、ほぼ秋田市内を中心して、全出荷量の半分くらいの普通酒があります。
実に、まいった。
年輩の方がメインの客層で、なんだかイメージも悪いし、構造上、売り上げが伸びる事が難しい。

これだけに頼る経営では、徐々に、真綿に首を締められるがごとく、
経営が悪化してゆく。帰ってきたらこういうことで、逃れられない宿命でした。
(まあ、大方の蔵がそうですよね。うちはまだマシなほうなのかもしれません—–)

帰ってきた当初、3年前くらいは、
加工米という、(酒米よりはずっと安い)、
食用のフツーの米、一般米(例えば、あきたこまちとか、めんこいなとか)を使って
ました。ですが、メタミドホスの屑米事件があって、これは日本酒文化の危機だと思い、
できるだけ原料は、トレーサビリティのしっかりした、
しかも、最高のものをと思い始めました。

で、時は過ぎて現在、酒こまちを85%精白して、アル添して普通酒を造ってます。
熟成酒を混ぜ込んで、熟した香味を付けて、味がいきなり変わらないよう、
以前の風味をなんとなくひきずるように、造っています。

これが、なかなかに旨いんですね。熱燗が特に。
厳しく自社製品をジャッジすると、意図的に老なした香りは、若者には
NGでしょうね。あと、基本的にフレッシュなうちに出荷するので、
アル添したアルコールが、やや浮いている感覚がありますね。
ただ、それを除けば、けっこう、いいと思いますね。
私、基本的に純米酒の高級酒を飲むのが多いんですが—–。

製造部の相当な努力、杜氏や副杜氏をはじめとする全員の、限界までの
試行錯誤、無数の失敗作が、低精白でここまでの品質を達成したと思います。
おそらく、我々は、日本でもっとも低精白(80%以下)をやっている蔵なはず。

私の曾祖父である、五代目 佐藤卯兵衛は、高度精白を極限まで押し進めた人物ですが、
現在の当蔵は、思いっきり反対のことをやっているのが面白いですね
(先祖の罰があたるかもしれない—?)。

で、これ、アル添しなければ、まんま純米酒になるのですよ。
が、そうなると、値段がガンと上がります。

哀しいかな、いわば日用品たる普通酒の世界は、値上げは難しい。
無論、味も変わる。そりゃあ、変わらざるを得ない。
値段があがって味も変わったら、そりゃ、大変。

相当旨くなっていればいいだろうけど、酒は嗜好品だし、それはお客様が決めること。
造り手が「旨い」とか思っても、本当に通用するのか?
本当に「旨い」と思ってくれるのか? 思われなかったら、単に、我々の自己満足でしかない。

今、当蔵の普通酒を旨いと飲んでくれているお客様は、特にこれが純米酒に変わる事など
望んではいないのです。当蔵のひとりよがりにならないよう、うまく理解していただくのは
至難の業です—–。


結論として、ある蔵が、純米蔵になるためには、
それにより品質が向上し、そして、きちんとお客様に製品の素晴らしさや、
蔵のポリシーを伝えることで、結果として、よい高い飲酒体験を届けることに
成功するのが必須です。
一方的な「純粋志向」では、経営が揺らぐ可能性が大でしょう。

ただし、リスクをとらない経営は、逆に自殺行為でもあります。
全国を見ても、アル添普通酒が市場の七割~八割を占めているという、
現在のタイプ別出荷構成の状況では、
日本酒の文化は、永遠に未成熟のままでもあり、早急な対応が必要なのです。

ソフトランディング、無傷の移行など、
甘いことを期待していては、永遠に改革は訪れない。

とはいえ、怖い。

実に怖い。

何の障害もなく、純米酒に移行できる蔵を、たいへんうらやましいと
思います。

いい。
実に、いい。本格的に、うらやましい。


だが、我々も乗り越えないとならないし、
うまくいったら、相応の技術やノウハウが蓄積されます。
(正直、低精白は難しいです。
実際、高級酒のほうが造るのが楽に思えます。75%あたりは「吟醸」みたいなもんです。
例えば、出品酒は、もう勝手に酒になってくれますが、低精白は、悪魔のように暴れ狂います)

それはさておき、我々は徐々に低精白を扱う技術を確立しつつあります。
そして我々の改革が成功した暁には、
同じような苦しみのある蔵をバックアップしてやらねばならない。
より日本酒の文化が洗練されるように、とも思います。


あ、そういえば、当蔵の低精白純米酒が、今年も発売します。今年は発売早いですね。
スタンバイしているのは「85%純米」。
つまり、今の話まんまですが、
当蔵の普通酒にアル添せず、古酒とのブレンドによる熟成的なフレーバーもつけず、
そのまま純米のまま搾って、すぐ瓶詰めして提供すると、これになるというわけですね。

これ、毎年、タンク一本ぶんリリースする商品ですので、
これで今年のぶんは終わりです!!

あとは、90%純米が、いつ頃かなあ—–まだ造ってないので
夏—はイメージ的に難しいから、秋頃のリリースでしょうか?

うちの低精白純米は、こうしたハードな試行錯誤の背景を持った
安いけれど超大作なお酒なんです。
ということでした。