乳酸菌というもの1

今回は、久しぶりに「生モト」についてまた書かせていただきます。

さて、日本酒造りにおいては、乳酸菌というものは、一方で重宝され、
一方で忌み嫌われるものです。

単純に言えば、酒母では、生モト系の製法では、酒母(モト)における乳酸菌の存在は、
(当然ですが—)乳酸を出してくれるために必須なのであります。
一方で、同じ生モトの日本酒でも、酒母の段階において、乳酸菌が活躍してくれるのは
歓迎なのですが、三段仕込の後の「もろみ本体」において、乳酸菌が増えてしまうのは、
まったく望ましくないものとされています。

つまり、日本酒造りに乳酸菌が必要とはいっても、あくまでもそれは「酒母」だけでの話であって、
限定された効用しか期待されていないということです。

「乳酸菌へ—-
『酒母』だけで増えていただき、酵母を守るための乳酸を出してください。
ある程度の量、乳酸を出したら、あとはすみやかに淘汰されていただき、
その後、もろみでは一切顔を出さないでください。
以上!」
ということです。

そういう意味で乳酸菌は、
(特に「速醸系酒母」が大半を占め、「生モト系酒母」が珍しくなってしまった
現在の日本酒の造りにおいては)、
むしろ嫌われているものと言ってもいいかもしれません。


ただし—-
他の発酵食品においては、酵母と乳酸菌は普通、はじめから最後まで、
ずーっと一緒に働いて発酵食品を作る場合が多いのです。
糠床だってそうだし、サワーブレッドなんかも。ケフィアヨーグルト(紅茶キノコ)もそう。
キムチも、です。ワインで言えば、一部の赤ワインは熟成中に乳酸菌による二次発酵を行います。

しかるに日本酒では、古来から、乳酸菌は、最終的に淘汰されることを前提とした「部分的」に
しか使用されていません。
どちらかというと必要悪的に捉えられておりました。

その理由は簡単で、もろみで乳酸菌が活躍すると、まずは、日本人の口にはとうてい
あわない、かな~り酸っぱい酒ができてしまいます。
しかも、その過程で、酵母以外の菌までが、乳酸菌の出す成分のために、増えやすくなってしまい、
逆に、酵母が増え切れなくなってしまうことが多いのです。

そうなると、最終的に、ぜんぜんアルコールが出なくなって、
酒にならないことが多かったからなんです。
日本酒は、ある程度、酸が含まれている果実酒とは違い、米から、それを溶かした甘酒を
母体にして作り出されるものですから、たいへんに雑菌汚染を受けやすい=腐りやすいものと
いえるのです。

というわけで、乳酸菌は、日本酒にとっては、必要な友でありながら、時に、最大の敵ともなりうる、
不思議な存在なのです。私は、そこにも大変なロマンを感じるのでした—–。


さて、私が「生モト系のお酒」に興味を抱いた理由はほかにもあります。
それは、「醸造用乳酸」を使わないで酒を造りたいからでありました。

当蔵のスタンスは、「素材はクラシカルで、味はモダン」でございます。
まあ、モダンといってもそんな先鋭的なことではなくって、
「あまり昔風な味というよりは、若手の蔵らしく、荒削りでも個性のあるテイストを
目指したいものだなあ—-」くらいの意味です。
造り手が、うちの杜氏も私も副杜氏も、三十半ばから後半だし、部下はもっと若いし、
同世代にも楽しく美味しく飲んでいただける酒ができたらと思ってます。


そういう意味で、当蔵は現在、当蔵発祥で私が敬愛するひいじいさんが生み出した「六号酵母」と、
オール秋田県産米・しかもオール酒造好適米(酒米)で、酒を醸しております。
(まあ、正直なところ、若手でキャリアが短いし、素材については、品質が良く、
しかも限定されてたほうが、うまくできるからなんですが!)

しかしまだまだクリアすべきハードルは山積みです。
もとから当蔵は「醸造用アルコール」&「醸造用乳酸」なしで酒造りができたら
それにこした事はないと思っていました—-。

まず、前者(醸造用アルコール無添加=つまり純米蔵化)
については、解決に要するのは、単なるコスト問題です。
そこで、当蔵は「アル添酒=普通酒」を、純米酒にするために、
あまり米を削らないでコストを削減する方向でクリアできないか?
つまり「アル添酒」を「低精白純米」へと切り替える事ができないか?
と試行錯誤を続けていました。

頑張って、当蔵は「本醸造」を、「純米」化するところまでこぎつけているのですが、
地元の「普通酒」はなかなかそうもいっていないのが実情です。

結局、どれほどの低精白とはいえ、純米酒を、アル添酒と同じような価格で提供はできません。
そもそも、まだアル添している現状ですら、原料米を高価な酒造好適米にしておりますので、
普通酒としては、すさまじいコストがかかってて大変なくらいです—-。

やはりオール純米化には、少なからぬ値上げが必須となりますが——。
このデフレ環境にあって、しかも地元の貧困化が増してゆく現状で、
なかなか踏み切れていないのが現状であります—–。
(相当、普通酒は減ってしまっているので、時間の問題なのかもしれませんが)




では、後者の「醸造用乳酸」の問題についてはどうするのか。
こちらの解決に要するのは、うってかわって技術的な問題です。
しかしながら、これは非常に難易度の高く、しかも根深い問題でした—-。

さて、「醸造用乳酸」について。
これは「製造上の必須のもの」と認められているので、酒税法上、原材料に表記しなくても
別にいいことになってます。

しかし、私のように、他業界からぽっと来た人間などに言わせると、どこか違和感がある。
正直「なんか添加物っぽいよね」という気持ちになるのです。
ワインだって「亜硫酸(二酸化硫黄)」は原料表記しているし、フェアじゃないよね。
という気持ちもありましたし。


そういえば、「亜硫酸」は(時間が経てばですが)ワイン中にはほぼ残りませんが、
日本酒に添加した「乳酸」は残ります。
「生モト系」ではなく、「速醸」製法で造られた日本酒に含まれる乳酸は、
ほとんど醸造用乳酸と言えます。
日本酒の酵母は、もっぱらリンゴ酸とコハク酸を生産し、乳酸はあんまり出しませんので。




(じゃあワインはピュアなのか? と問われれば、そういうわけではなく。
例えば、ブドウの出来のばらつきを救済する意味で、補酸のために使われる酸味料については、
日本酒同様、原料表記義務がない場合が多いです。
このため、結局、乳酸やら酒石酸やらをはじめとした酸味料が入っていても、
「原料の酸度不足のための」補酸目的ならば、原料表記をする必要がないです。
また、ワインでは、糖分不足を補うための糖類の添加についても同様、添加物扱いにされない場合も
多いです。もちろん、これは国や地域などで対応が違う事が多いので、一概には言えませんが—–。
あれ? こう考えると日本酒のほうがフェアか—-?)





話は戻りますが。
「醸造用乳酸」という問題は、まあいろいろと根が深いのです。
別に乳酸など、酸味料ですし、ありとあらゆる加工物に添加されていますので、
入っていても悪い事はないですし、他の食品/飲料だって、特に原料表記しなくても
混和されているものはいっぱいあります。





というわけで、各方面から、
「ただでさえ日本酒は誤解されているのだからやめろ」
「速醸の乳酸についてまで、気にするのはおかしい」
と指摘いただくことも少なくはないのです。

そのたびに、「私がおかしいのか—」という気持ちになることも多いのですが、
まあ、造る方の勝手ですから、醸造用乳酸については、
「別に使わなくてすむのなら、使わなくていいんじゃないの?」
という気持ちは、変わらず持ち続けておりました。


(続く)