さて、最近のトピックといえば、念願の「菩提(ぼだい)モト」をやってみました! ということでしょうか?
頒布会の酒のためにでありますが、この「菩提モト」は、日本酒の製法史上、
大変意義あるものなので、触れないわけにはいかないでしょう。
「菩提モト」というのは、日本酒のもっとも始めの工程である「酒母」の造り方のひとつ。
*酒母とは? 英語でいうと、
Fermentation starter ファーメンテーション スターター。発酵を開始するもの。
ワインやビールなどほかの醸造酒では単にスターターと言ったりしますね。
つまりアルコール発酵を行ってくれる酵母をできるかぎり大量に純粋に含んだもの
ということです
「菩提モト」とは、この酒母工程の製法の名称です。
「水モト」とも呼ばれる、古~い「酒母」製法のひとつなんですね。
さて。ここで、菩提モトの解説に行こうと思いましたが—-
その前に!
日本酒造りの製法の歴史について、軽くおさらいしてみましょう。
日本酒造りは、歴史的な発展を理解するとぐんとわかりやすくなりますので。
酒母とかなんとか、そういう細かな工程にわかれる前の話から、追いかけてみます。
一番古い日本酒の製法は、「口噛(くちかみ)酒」というものと言われています。
ご存知の方も多いと思いますが、この「口噛酒」とはいかなる製法なのかを記しておきます。
うら若き女性が、米を噛んで、次から次へと壺の中へ米を吐き出してゆくと—
あら不思議? いつの間にか、唾液まみれの米が溶けて、ついには、
アルコールを含んだ甘い米汁となる—-そのようなものでした。
メカニズムは簡単。
米を噛むことで、唾液の中の消化酵素つまり糖化酵素(アミラーゼ)の作用で、
米の澱粉が、糖分に分解されます。
そうすると、天然酵母の働きで、糖分がアルコールに変わるというシステムなんですね。
そう。酵母は、澱粉は発酵できないけども、糖分があればアルコールを造ってくれます。
お酒ができるためには、糖分が必ず必要なのです。
そういう意味では、「果実」はもともと糖分を含んでいますので、そのまま酵母が繁殖してすれば、酒が出来てしまいます。ワインなどの「果実酒」の類いについて言えることですね。
しかし、糖分をはじめから含んでいない「穀物」は難しいです。
日本酒やビール等が含まれる「穀物酒」については、
一手間かけて、なんとかかんとか、澱粉を糖に変えなくてはならないわけですね。
そういうわけで、原初の日本酒は、うら若き乙女の唾液に含まれる「糖化酵素」=アミラーゼの
力を借りたというわけです。
基本的には巫女などの聖職者がやっていたようなんですが、きっと唾液に、
より多くの糖化酵素がよく含まれている女性が、酒造りの天才としてもてはやされたのかもしれません。
それから時代が過ぎ、いくらなんでも、もう少しスマートな酒造りはできないものか?
ということで、あらわれたのが「麹」。これは糖化酵素はじめ、あらゆる酵素の宝庫です。
昨今流行の「塩麹」。皆さんご存知ですよね。
この塩麹——漬けておけば、その素材の旨味を引きだしてくれるのですね。
これは、麹に含まれる酵素が素材の成分を分解してくれることによります。
澱粉は糖分へ。タンパク質はアミノ酸へ。より大きな分子が小さな分子へと、
酵素作用で分解されることで、人間が味をより感じることができ、
「甘みやコクが増す」=「素材の旨味が引き出されると感じる」わけです。
*なお、塩麹は日本中でブームになりましたが、発酵王国である秋田県では昔から
メジャーな調理法でありました。「三五八(さごはち)漬け」といって、
ハタハタなどの魚や、野菜を塩麹で漬けたものが昔から普通に身近にありますので、
秋田県民的—というかうちのおふくろ的には、
「ちょっとアンタなんで、今さらこんなのが流行ってんの?」という感覚であったそうです
さて、このように様々な有益な酵素に富んだ、素晴らしい発酵物である「麹」。
これは、そもそもどうやって発見され、造られるようになったのでしょうか?
実は、その秘密は、お米の調理方法と深い関係があるのでした。
調理方法によって、カビが穀物に生えたり生えなかったりするのですね。
古来、日本では、米は「蒸す」ものでした。「炊く」のではないですね。
蒸した米、これを「強飯」(こわいい)といいます。つまり「おこわ」の語源です。
一方、時代が下るにつれて、米を炊く文化が主流になってきました。
なお、炊いた御飯は「姫飯」(ひめいい)と呼ばれました。
*風呂も同じような歴史があって、昔はサウナのように湯気を浴びるだけだったのものが、
時代が下るにつれて、湯に直接浸かるようになったとのこと、不思議ですね。
さて、話は戻りますが、昔は米は「蒸す」ものでした。
このように蒸した米を、例えば、祭壇に捧げるなどしてほっておくと、どうなるか?
たやすくカビが生えるのです。
蒸した米には、とてつもない勢いでカビが生えることができるのです。
一方で、炊いたお米には、あまりカビは生えません。表面の乾きがちなところに生えますが、
基本的にあまりに水っぽいところにはカビは生えにくいのです。
というのも、カビは、湿気を好みますが、びしゃびしゃ濡れたところは、
そんなに得意ではありません。
カビは、もっぱら酸素呼吸で生きる菌体(好気性菌)で、酸素が豊富にあるところでないと生きられないのです。
炊いた御飯と蒸した御飯で、カビの増殖スピードを比較すると、何百倍も違うそうなのです。
炊飯米は内部が水っぽすぎるのか、カビは表面に覆うくらいで旺盛に生えることは難しい。
これに対して、蒸した御飯はカビが増殖するのに適度な湿気(湿度90%程度)を保持しているいいて、表面にも内部にもよくカビが繁殖します。
そしてカビ類は、十分に発育すると、澱粉を糖分に変える「糖化酵素」を出します。
日本酒に使う麹菌の正式名称は「ニホンコウジカビ」ですが、もちろん、このカビは
糖化酵素を大量に生み出してくれます。
(青カビも黒カビも、糖化酵素をいっぱい出します)
8世紀前期に編纂された「播磨国風土記」でには、
「神様に捧げた強飯が濡れてカビが生えたので、これで酒を造った」と記述されているとのこと。
これをもうちょっと詳しく解説すると?
あるとき、祭壇に供えられた「強飯(こわいい)」が、なにかのカビまみれになり、
それが、たまたま水が溜まった壺なんかに入った—-。
そうしたらぶくぶくと泡が立ち、アルコール発酵がはじまった—-
↓
強飯=蒸米がカビ(麹菌)によって糖化され糖分になり、
これが水の中という酸素の少ない状態の中で、水の中に入り込んだ天然の酵母によって、
嫌気呼吸=アルコール発酵が開始される—-。
これが「カビた蒸米」=麹を用いた酒の始まりということなのでしょうか。
まあ、こうした「麹」の文化と歴史は、
中国から東南アジア一体(高温多湿でカビが生えやすい地域)に広がる
自然発生的/同時多発的な文化なので、おそらく、基本的なコンセプトは
平安時代より以前からすでにあったのではないかなあと思います。
まあ何にせよ我々、酒造りに携わるものは延々と、
ただひたすら、カビが生えやすいようにと、
ざっと1000年以上も米を、炊かずに、蒸し続けているわけですね。
さて!
酔っぱらって全然、菩提モトと関係ない話になってしまったのでまた今度!!