酵母無添加の生酛ができるでしょうか……?
さて、恐怖のXP問題を迎え、当蔵ではほとんどのパソコンが
apple製になりました。昔は本体だけで30万とかだったのに(私にとっては
power mac 7500が初めてのパソコンでした)、
今は4万とかですよ。なぜにラーメンとかの値段が2倍以上とかになるのに、
20数年を経て、パソコンは数分の一とかになるのでしょうか……。
さて、当蔵は毎年、実験作などを無理矢理にかき集めた、
無駄に難易度の高い奇妙な「頒布会」を春先にやっています。
そして今年は、「生酛」で造ったお酒がトリを飾ります。(ほかにも目玉は、
いろいろあります。92%純米とか、5年前の再仕込み貴醸酒とか……)
さて、この生酛、ただの生酛ではありません。
「酵母無添加」の生酛です(成功すればの話ですが……)。
説明が込み入りそうですので、まずは順を追って
「生酛」についておさらいしましょう。
(ほんと、日本酒って難しいですよね……でも、実に奥深い文化的飲料だという証です!!
学んだだけ、きっと飲む喜びも増えるでしょうから、しばしおつきあいください)
「生酛」とは、江戸時代に、兵庫の灘地方で完成した酒母製法です。
水と米(米麹も含む)のみを原料とし、それらを適度に摺り潰したり、
ある温度帯をキープしたりすることで、様々な微生物の連続的な増殖と
その自然淘汰を引き起こし、最終的には酒造りに適した酵母菌が純粋に残るように仕向けるという、
おそるべき……まさに魔術ともいえる技術です。
これは、日本のというか、世界の発酵食品技術の「極北」ではないかと思っています。
簡単にメカニズムを述べると、
乳酸菌の増殖と発酵 → 酵母菌の増殖と発酵
という主に2種類の菌類を連続的に育て、遷移させることが、
この生酛系酒母の本質と言えるでしょう。
まず、乳酸菌を増殖させて、乳酸を生み出させます。こうして酒母には酸が蓄積され、
酸度が徐々に上がります。そして、酒母がかなり酸っぱくなって、
じゅうぶんに抗菌力が増した状態で、酵母菌を立ち上げます。
(酵母菌は、珍しく酸には強い微生物なのです)
酵母菌が増えると、彼らが出すアルコールの殺菌作用で、乳酸菌などの酵母以外の菌は、
みんな死んでしまいます。
こうして、酵母菌だけが純粋に存在するキレイな酒母になるわけです。
乳酸菌を増やすのに2~3週間。酵母菌を増やすのに1~2週間かかります。
計1ヶ月以上と、吟醸のもろみ期間よりも長い酒母育成期間が必要になります。
これに対して、速醸酒母は、明治時代に開発された手段です。
はじめから精製された酸を買って来て、酒母に加えるのが特徴です。
酸(たいていが液体)を入れた瞬間から、酒母は突然高い酸度になるので、
生酛系のように、わざわざ乳酸菌を育成して、酸を造らせる必要がありません。
生酛系では乳酸菌育成期間がめちゃくちゃ大変で、失敗する可能性も高いため、
こうした過程をまるごと省いて、簡素に安全に醸造を行うのを目的として、
速醸酒母は開発されたのです。
酒母の仕込み直後から所定の安全な酸度が実現しているので、
いきなり酵母菌を増殖させることができ、結果として酒母期間が半分以下になります。
このため「速」醸と呼ばれるのですね。
どちらの酒母でも、重要なことは、
酸度にして3~4以上・phにして4以下という、かなり抗菌力が強い酸性状態にしてから、
酵母を増殖させないとならない点です。
(なお、特に生酛系で酸度が低いうちに、造り手の意図に反して、勝手に
酵母が増えてしまった場合、これを「早沸き」といいます。
こうした早沸き酒母は警戒すべきもので、弱い酵母が多く、雑菌も根絶されていない
ことが多いものです。実際もろみに進んでから、うまく発酵できなかったりして、
失敗することが多いのです)
さて、時折、気になっていたことがありまして、改めてこの場を借りて、
強調させていただきたいのですが……
乳酸菌 と 乳酸
は別物です!
今までの説明を読んでいただいた方には、文脈的に、自然に理解していただいていると思いますが、一般的に混同されやすいポイントなので、確認の意味も含めて、再度、説明させていただきます。
「乳酸菌」は、顕微鏡で見ることのできる大変可愛い生命体でございます。
かたや「乳酸」は、いわば酸味料であり、単なる酸っぱい物質ですね。
ですから例えば、
乳酸菌 と 乳酸 の違いは、
酢酸菌 と 酢酸(=酢) と同じ関係です。
菌と、その主たる排泄物の物質との関係というわけです。
乳酸菌は、「菌」ですから、我々と同じ立派な生命でございます。
日本酒/味噌/ヨーグルト/キムチ/チーズ等、様々な発酵食品を醸してくれる、
けなげな生き物でございます。いや……それどころではありません。
彼らは、我々の体表にびっちりと棲み着いており、口の中にも大量に棲んでいます。
さらに、体内では腸内細菌の代表格。つまるところ、人体常在菌の王様とも言える存在です。
人間をはじめとする多くの動物が、常に体内の乳酸菌の活動で命を支えてもらっております。
そこんとこ、酸味料と混同しないよう、よろしくお願いします。
*なお、乳酸菌の定義は、ブドウ糖を50%以上、乳酸に変換する能力を持つ微生物の総称です。
乳酸菌にもいろいろな個性があります。
乳酸だけでなく、酢酸やらなにやらと、いろいろと出すものも多いのです。
ちなみに、整腸剤やヨーグルト製造にも使われる「ビフィズス菌」は、
一般的に乳酸菌と思われておりますが、ブドウ糖の乳酸変換効率が
50%に満たないので、現在、分類学上は乳酸菌にはなりません。
さて、また、マックとかビフィズス菌とかで無駄に長くなりました……
次回から、現在取り組んでいる、難易度の高い酒母について、ご説明いたします。
というか、今、この酒母がうまくいかず、非常に難儀なことに陥っていて、
我々は自然の摂理と死闘を繰り広げている最中でございますので、
実況報告させていただきますね。
とりあえず……写真のみダイジェストで↓