酵母無添加の生酛ができるでしょうか? 2

俯瞰


続きです。
早速、生酛(きもと)の造り方でございます。

生酛系の酒母は、微生物である乳酸菌の力を借りて、腐敗防止の効力を持つ一定レベルの酸を生成させる手法です。乳酸菌が酸を出したその後に、アルコール生産菌である酵母が発育し、アルコールが蓄積されていく過程で、乳酸菌は死滅し、純粋に酵母だけが存在する「発酵スターター」が完成するという仕組みでした。

乳酸菌を活躍させることが特徴である生酛系の酒母には、
1、菩提酛(ぼだいもと) 2、生酛(きもと) 3、山廃酛(やまはいもと)
の3つがあります。

菩提酛については、これまた話が長くなりますので、いずれ……(というか一年くらい前の
このブログに詳しく書いたことがありますので、参照願います)

このうち、生酛 と 山廃酛 
この違いについて述べましょう。写真を織り込みながら……。

生酛は、酛摺(もとすり) という米を摺り潰す工程が特徴でしたね。
生酛 と 山廃の違いは、仕込みに加える水分量と、仕込みの温度が大きく違うことが、
初めにあるのです。

この違いのため、どの程度「混ぜる」必要があるかに違いが生じます。

「生酛」では水が少なすぎて、混ぜるどころでは足りず、米を擂砕する=「酛摺(もとすり)」をするレベルまでやらなくては、速やかに液体にならないし、
一方、「山廃」では仕込水がやや多く、かつ仕込みの温度が高いので、しっかりと混ぜる=「荒櫂(あらがい)」レベルでも、麹の酵素が効きやすく、米は自然に溶けてくれます。

ということで……
生酛は、水分をかなり切り詰めて、低温で仕込まれます。
実際、仕込み直後は単なる米と麹の固形物みたいな代物です。
こんな堅いものは、丁寧に摺り潰しでもしない限り、うまく全体が混ざりません。

さて、おおまかな手順ですが……。

1、酒母用の麹を造って、よく乾燥させておく
2、掛け米を蒸す。柔らかめに蒸したほうがいい。
3、「埋飯(いけめし)」……蒸した掛米を小分けにして布で包んで10時間以上放置し冷ます
4、「仕込み」……何枚かの半切り桶に、埋け飯した掛米と、麹、そして水を小分して混ぜる。
5、「手もと」……数時間毎に「爪」という木製器具で米を混ぜてならす
6、「酛摺(もとすり)」……3~5回にわけて、木の棒で米を摺りつぶすように混ぜる
7、「酛寄せ」……固体からカスタード状になってきたら、半切りをまとめてゆく。最後に酒母タンクに入れる
8、「打瀬」……2~4日くらい、5~6℃の低温で冷やしたままにする。櫂入れだけ行う。
9、「暖気」……木やステンレスなどの筒に熱湯を入れたものを決まった時間、酒母に差して、一時的に温度を上げる。毎日、酒母の温度を2~3℃上げる。翌日、1~2℃下がっているようにする。結果的に、一日、1℃くらいづつ上がってゆく。
10、「酵母添加」……乳酸菌が繁殖し、かなり酸っぱくなり、米もよく溶けてかなり甘くなったら、酵母を添加する。ただし、酵母無添加スタイルでは、これを行わない。
11、「膨れ」……酵母が増え始めると、炭酸ガスが生まれて、酒母の表面が膨らんだように見える。これを「膨れ」という。
12、「湧付」……本格的に酵母が発育して、盛んに泡が出る様子。
13、「湧付休み」……酵母が増殖、アルコール発酵をさかんに行うので、温度がほっといてもキープできる状態。この「湧付休み」まで、毎日「暖気」入れをして、1℃くらいづつ、温度を上げてゆく。「湧付休み」の温度は、18~22℃くらい。
14、「温み取り」……酒母の中の雑菌などを殺すため、酒母のアルコールが10%くらいになった時に、また「暖気」を入れて、一気に温度を28~30℃くらいまで上げる技術。雑菌も少なくなるが、酵母もダメージを受けて減ってしまいデメリットも多いので、「酵母添加」タイプの生酛など、雑菌が少なく酵母の純粋性も高いと思われる場合は、やらないことが多い。
15、「枯らし」……温度を下げて、長期間冷えたままにする。12~13%以上と、アルコール度数が高い状態で、長く置かれるため、この間にも、アルコールに弱い雑菌は、どんどん死んでゆき、酵母の純粋性は高まってゆく。通常10日~2週間くらい枯らしたら「生酛」完成。

このように江戸時代の兵庫・灘地方で完成を見た「生酛」は、実に煩雑な工程で織りなされた、
まさに超工芸的な酒母製法です。完成までには、およそ最低でも30日、酵母無添加の場合等は50日に及ぶ場合もあります。

うまく酒母が完成したら、もろみの仕込みが開始。
三段仕込の「添」仕込みがスタートするのです。


……というのを、追って見てゆきましょう。

荒息抜き


まずは、蒸した米を外気温でやや冷やします。
これを「荒息を抜くといいます」。具体的には30℃くらいを目安として、熱気を逃がします。


そして、この蒸米を、すみやかに布等で包み、じっくりと時間をかけながら、冷まします。
これを「埋け飯(いけめし)」と言います。

埋け飯直前

埋飯


文献によって、手法は違いますが、およそ「埋け飯」の時間は、
16時間以上は行うよう指示されています。
しかし、大正や昭和初期の文献はもうすこし短めで10時間とかだったりします。
(何故なのかよくわかりません。精米歩合の問題でしょうか)

どのみち、この「埋け飯」を行わないと、米によっては、「酛摺」時に、
粘ついてしまうでしょう。そして、一旦、糊のようになってしまいえば、うまく摺れません。このように、「糊化」してしまうと、麹の酵素が効きにくくなってしまいます。
そうなると、糖分が生成されにくくなり、その後の進行が遅れてしまううえ、糖分の力で雑菌を抑制することもできなくなり、非常に危険です。

逆に、「埋け飯」をやりすぎて、米がカラカラにひからびてしまうと、摺ることは摺れても、
同じように、米の澱粉の組織が変化してしまいますので、糖分は出にくくなってしまうでしょう。

よく冷えて、弾力を残しながらも破砕しやすいくらいになるのが良いとされています。
これを、名著「灘の用語集」では<生酛特有の芯の堅い蒸米>と表現しています。

この「埋け飯」の時間は、諸説あって、なかなか決めかねていました。
私の場合、初めに、できるだけ埋け飯の時間を長くとろうと思ったので、乾きすぎないように、布で包んだ米を、さらに、木の半切り桶に入れていました。

*一般的には、半切り桶には入れないようですが、「半切り埋け飯」という手法を知っていたので
これを用いてみたのです。



埋け飯中



埋け飯直前


さて、「埋け飯」は、2~3時間毎に「手入れ」(米を砕いたりひっくり返したりと、均一化する)をします。蒸れた空気を飛ばし、衛生度を保ちつつ、水分や温度を均一にするためなのでしょう。

当初、設計では、木製半切りに入れて14時間以上は「埋飯」しよう……と思ってましたが、
掛米の精米歩合が65%と半端なこともあって、適切なタイミングについて悩んでいました。

折しも、寒波が来たので、温度がかなり下がってしまいましたのもあり、途中で不安になりました。最後に布を開いた時は、ガチガチと弾力ある手応えでした。「あまりに堅くなりすぎたら大変だ。糖分がうまく出なくなるだろう」と、途中で変更して10時間ちょっとで切り上げることになりました。今から考えると、早かったののですが……。

*酛摺の経験がないからわかりませんが、埋け飯しすぎて、全然ボーメが出なかった(=米が溶けなかった)蔵のことも聞いていたのもありました。


包み中

なんとなく、仕込んでも良さそうかな?? というあたりを狙い、
急遽、午前5時に一人で仕込みを開始することになりました……。

生酛の汲水は、酒母の総米に対して95%の使用量が標準です。
しかし、今回は、「酵母無添加」です。

一般的な「生酛」では、培養酵母を添加して造られます。
「酵母無添加」のやりかた等は、現在の教科書には一切書かれていません。
危険すぎて、一般的技術としては薦められていないのです。

「酵母無添加」は、培養酵母を入れないという意味です。
どこかから、なんらかの酵母は入ってこないと、酒になりません。

当蔵の場合は、蔵中のもろみで湧いている「6号酵母」が、侵入してくるに違いありません。

他の酒母に使った培養酵母によって、蔵中のもろみで、酒が醸されています。
このもろみの酵母が、空気にのって、麹室に侵入。これが、麹用の米にくっつきます。
すると、麹菌と一緒に増殖いたしますね。こうしてできた麹を酒母に使いますから、
結果的に、酵母はまた酒母に戻ってきます。
こうして、麹についていた「6号酵母」が酒母で増えてくれる……
というメカニズムになるはずです。

しかし。そうとはいえ、麹には、そうした蔵で涌いている清酒酵母以外にも、
野生型の菌たち(野生酵母、産膜酵母、枯れ草菌、あとは酒母で増えて欲しくはない種類の
乳酸菌やら)が、確実にいっぱいついてます。
というのも、麹造りは、一旦雑菌が侵入しても、それらを後に淘汰するチャンスが
一切ない工程なのです。雑菌が米に付いてしまえば、そのまま麹菌と一緒に、その雑菌も培養せざるを得ないのです。そういう意味では、麹造りは、最も衛生に気をつかう作業場なのです。(このため、見学者を麹室に入れる蔵は、多くないのですね)

というわけで、酒質を害する可能性のある悪い雑菌は、たいてい、麹に付着しています。
酵母無添加の生酛造りでは、これらの悪性の雑菌を、できるだけ抑制&淘汰し、
目的の清酒酵母のみを、最終的には、優先的に増殖させる必要があります。

私は、可能な限り衛生度を上げるため、水分活性をさらに抑えようと思いました。
(以前申しましたが、水分が少ないと、野生酵母や雑菌等の、望ましくない菌は増殖しにくいのです)

まあ、水がいかに少なかろうが、頑張って酛摺をすればなんとかなるだろう……と思ったので、汲水は、85%くらいで入りました。

これは、通常の生酛から10%少なく、通常の山廃よりも20%少ない水分量です。
結果的に成功したのですが、予期せぬ出来事が重なったため、後ほど、
相当に大変なことになりました。これはマネしないほうがいいかもしれません……。

ほか、通常の仕込配合と違う点と言えば、麹歩合でしょう。
当蔵は、全製品で、麹米については精米歩合にして40%まで精白しています。
このため、全体的に生酛に対しては、パワー不足に陥らないか不安でしたので、
麹歩合を、一般的な配合(33%)よりさらに多く、40%以上も使用しました。

麹はかなり乾燥させたので、水を吸います。麹が多いほど、水分は吸われてしまいます。
こうしたこともあって、このたびの生酛は、輪をかけて、水気がない仕込みになりました。

埋け飯した米と麹、そして水。
これらを混ぜます。温度は5.5℃くらい。
低いほうが衛生的に有利ですが、低すぎても、微生物の立ち上がりが悪くなりますので、5~6℃が良いと言われています。(なお教科書では仕込み温度は、7℃の指定になっていますが、酵母無添加のことを考えると、何となく怖くて、私は6℃近辺の仕込みにしました)

さて、仕込むと……すぐに麹が水を吸ってしまい、ガリガリの米だけが残ります。
湿った麹と堅い米が不均一に混ざっている状態です。一般的な酒母仕込みでは、
あまりにも見慣れない様子です。山廃酒母ともかなり違います(まあ、通常より水を
少なく仕込みすぎたのもありますが)

触っていると、これ……大丈夫か? 本当に、いずれ溶けて、液体状になってくれるのだろうか?
……とぞっといたします。これを、とにかく混ぜ合わせて均一化します。重労働です。

この混ぜ合わせる工程を「手酛(てもと)」と言います。
「手酛」は、本来は、木製の「爪」という器具で、米をひっかくようにして混ぜ合わせる工程です。なので「酛掻き(もとかき)」とも言います。

しかし、昭和初期の文献では、手で混ぜ合わせてもいいようなことが書いていたのと、
当蔵に「爪」に値するものがなかったため、私は、やむなく手で混ぜ合わせることになりました。

なお、基本的に、手酛は、2時間毎に、混ぜ合わせます。
これは表面が乾くのを防ぐためです。水分活性が低いので、内部では衛生が保たれますが、表面が乾いてくるとカビの類いが増殖するでしょう。

5~6℃と冷たく、しかもとげとげした米が手に当たります。手を突っ込むだけで痛いです。
これは、素手でやるのはかなり無理があることを、やってみてから気づきました。
半泣きになりながら行いましたが、まさに修行のようです。次は「爪」を使いたいと思います。
まじで。

なお私の場合、連続で手酛をするのが苦痛だったため、2時間おきというか、1時間おきくらいに、手酛をしました。
それに加え、カビを恐れるあまり、手酛と手酛の間は、表面の乾燥を防ぐため、その都度ステンレス製の酒母タンクの蓋をかぶせて、表面が乾かないようにしていました。

というのも、汲水が85%くらいともなると、水分が少ないので、カビ以外の雑菌に対しては抵抗力がありますが、そのぶん、空気にさらされている表面は、ことさらカビには弱いです。

そして、カビは基本的に、人間の健康に対して、非常に悪い代物です。
これは、全力で避けなくてはなりません。……ということで、手酛の期間中は、表面をことさら嫌気的にし、完全にブロックしようと思いました。



ステン蓋


さて、この手酛の期間は、麹が均一に水を吸い込み、全体に水分、ならびに温度が均一化するための期間です。この時間も文献によってまちまちなのですが、少なくても半日以上はかけるのが良いようです。なお、現状の教科書では15時間から20時間となっています。

真夜中もぶっつづけで2時間前に手酛が入りますが、昔の文献では、それぞれの手酛には、細かく名前がついていて、驚きます。「昼掻き」「昼寝起き掻き」とか……。


てもと

仕込み後、半日もしてくると、なんとなく麹がやわらかく溶けてきて、蒸米の表面も緩んでくるようでした。まあ、全体としては、固形物の範疇を出てはいないのですが……。

酛摺直前

とにかく、全体が均一になりましたら、ようやく「生酛」の真骨頂という「酛摺」に入るわけですが、いきなりここで、予想外のことが起こってしまいました。

(つづく)


酛摺

酛摺中