出品酒酒母

おめでたい正月ですが、微生物飼育業の酒蔵にとっては、休みもへったくれも
ありません。毎日毎日、菌管理。今日も明日も菌曜日です。

今年も、菌が信念。おめでとうございます。

さて、出品酒の菌飼育も始まっており、まずは麹菌の飼育についてですが、
前回お知らせしたような具合で、
鈴木杜氏さんが、超長期間の菌飼育時間なのに対し、
副杜氏はかなり短期間の菌飼育時間で対照的な育菌モードをみせつけておりました。

そして、今度は酵母の飼育にうつります。
そう、酒母です。
酒母は、本仕込みの前に、大量の酵母を確保するために造る培養基といえますね。
アミノ酸や糖分など栄養たっぷりの溶液で、とにかく酵母を増やしまくるのが目的です。

こちらも、杜氏さんと副杜氏では真逆のものを造っておりまして、
興味深いです。

こちら、杜氏さんの造っている酒母。
スタイルは「普通速醸」というものです。

蔵元駄文-速醸

こちらの小さいタンクは、副杜氏が造っている酒母で
スタイルは「中温速醸」というものです

蔵元駄文-中温

まあ、どちらも「速醸(=醸造用乳酸を添加して抗菌性を高め、培養酵母を投入して比較的
短期間に製造する酒母の総称)」タイプの酒母なんで、そんなにかわんないんですが、
杜氏さんの「普通速醸」のほうは、2週間以上の育成期間。
このオーソドックスなスタイルに対し、副杜氏の「中温速醸」というのは、
一週間でできあがるものなんです。


違いは、仕込んだ後に温度を下げるかどうか。
速醸タイプの製法では、仕込み直後は、おおよそ20℃なんです。
数時間このまま放置して米を軟化させた後に、「荒櫂(あらがい)」といって、米を
つぶさないように撹拌します。
その後、10℃以下に冷やした状態(=「打瀬・うたせ」)を、1~2日設けるのが、
普通の速醸のスタイルです。

ただ、仕込み後に冷やさずに、20℃のまま保温しても別にかまわないんですね。
そのままの温度で突っ走る場合は、「中温速醸」というスタイルになって、
酒母日数は、普通の速醸の半分くらいの一週間で完成します。

何が違うのかと聞かれると、非常に難しいですね。
ぜんぜん違わないっていう人もいるし、やっぱり違うという人もいます。

理論的には、「打瀬」を入れたほうが、つまり仕込み後に温度を下げる普通のスタイルの方が、
酵母増殖期に栄養分が多く、激しい温度ストレスの中で育つので、比較的、強健な酵母になる
かもしれません。
また、「打瀬」を入れた方が、低温状態のため、雑菌や野生酵母の汚染が少なくなる
かもしれません。
しかし、低温状態にしたり、そこからまた温度を上げて行く時に、やり方次第では汚染の機会が増えたりすることもあるかもしれず、はっきりしたことは言えませんし—–。

そもそも、発明当初、天才醸造技師・江田鎌治郎 先生が考案した「速醸」は中温タイプでした。
つまり、仕込んだ温度でキープ。溶解糖化しながら、すみやかに酵母増殖も開始させる、
というスタイルです。
大正時代ですから、もう100年近く前でしょうか、かなり昔の話になりますね。
その頃は、精米歩合も低いし、すごい硬い米だったり、培養酵母自体もまだ珍しいので、
山廃等他の酒母から一部をとりわけてそれを培養酵母代わりにしたり(さしモト)、
今と比べると、悪条件がいっぱいありましたから、そういう不利な要因が重なると、
米が溶けなくて栄養不足な状態で、酵母だけが高温環境で繁殖し、軟弱な酒母が出来て
酒造りが失敗することもありました。

そこで、これまた天才技師で(後に秋田県に赴任し、秋田を銘醸地とし、
初代秋田県醸造試験場長となる)花岡正庸 先生が、改善案を提唱しました。
曰く、「生モト・山廃みたいに、はじめに温度が低い状態から速醸酒母をスタートすれば良い。
つまり、低温状態で酵母を休眠させたまま、先に米を良く溶かしてから、
しかるべきタイミングで、温度を上げて酵母を繁殖させよ」ということです。
つまり、仕込み後に「打瀬」をとり入れることを推奨したわけです。

江田鎌治郎先生は、「一旦温度を落とすなんて、せっかく俺が合理化しようと速醸を開発したのに、
生モト系みたいになっちゃって、合理化にならないじゃないか。ナンセンスだよ」
と反対しました。

世の中的には、速醸酒母から造った酒は、なんだか味が薄っぺらになって、
「生モト/山廃から造った酒に比べて、ゴクやふくらみが足りない」という
批判で溢れかえっていたころでした。
ところが、花岡先生の通り、打瀬を入れて長期化すると、いくぶん酒母の味も濃くなって、
イメージ的にも生モト系に近づくような感じもあるからでしょう、
この「速醸に打瀬を入れる」手法は、案外、市民権を得るようになりました。

花岡先生は、そのまま酒母の改良に取り組んで、ついに「秋田流長期低温酒母」という、
やたらめったら品温が低く、育成期間も生モトくらい長期間におよぶ
ものすごい手間がかかる速醸酒母を提唱するに至り、
江田先生の発案当初の目論みとは180度反対方向を突っ走ってゆきました。

結局、速醸の酒母製法については、江田/花岡の二大巨頭は、
お互い一歩も譲らず、この件に関しては、事実上、物別れになりました。
江田先生は、花岡先生の追悼記でもなんだか煮え切らないことを書いていて、
苦笑させられます。

結果としては、発案者の意図には反することとなりましたが、
花岡先生の提唱した「打瀬」を取り入れたバージョンが、正統な速醸として認められ
「普通速醸」という名称になっています。
味がどうというよりは、手間がかかるが確かに溶解と糖化がよく行われるため、
全国津々浦々、より安全に安定的に醸造ができる、
という点が評価されたのだろうと思っています。



——という話はいいとして、
まあ確実に言えるのは、酒母期間が長い程、酒母自体の味は濃くなってゆくということです。
(もろみも同じですが)
これは酵素反応で、アミノ酸をはじめとしたいろいろな成分が、蒸米から生成されるからです。

ということで、濃い味の酒母をスターターとして
本仕込みをスタートさせると、酒も、ビミョ~~ながら、若干濃いめの味になるかもしれない?
です。ビミョ~でしょうが。
酒母に使用する米は、お酒全体に使う米の6~7%です(もっと入れるところもあります)。
まあ、影響は強くはないでしょうが、まったくないとも言えないです。

結局、今回の二つの、酒造史上に残る論争のネタになった速醸の二つのタイプが
当蔵の酒母室に並んでいるのを概観しますと—–
鈴木杜氏さんは、特に酒母で味を軽くしようとは考えず、
常法通りの健全な発酵力を期待して、ノーマルな速醸を選んだ。

対して、古関副杜氏さんは、中温でも発酵力は問題なしとして、
可能な限り軽快にしあげるべく、短期で仕上がる中温を選んだ、ということでしょうか。

麹造りの方針と似通った思想が酒母造りにもあらわれているようで面白いですね。
造り手が違うと味が変わるというのは、こういう様々な手法の選択の蓄積に
よるものだと思います。

え? 私? 私は高温糖化というまた別の手法にしようかなと思っています—-。
まだ決めてませんけども。

ではでは。

ps.
今年の新酒をいろいろと嗜んでみました。
まだ、米の様子見という感じで、ほほえましい感じですね。
昨年よりも米は良いようですが、だからといって、昨年よりも、酒が良くなるか
というと—-そうでもないのが日本酒の面白いところ。
今後、今年の米に対して方針を定めた各蔵の勝負酒が続出してくるでしょうが、
どのような解釈をしてくるのか、今から楽しみですね~~。

蔵元駄文-いろいろな酒