乳酸菌というもの2

さて、醸造用乳酸無添加の話から、乳酸菌の話へ飛んで、
なんだかよくわからなくなってきたので、
最近の生モト系統の造りのトピックスをまとめてみることから再開しましょう。

生モト造りは、江戸時代に灘・伏見で完成を見た技法です。手順としては

1、米を摺り潰す(山卸/やまおろし=酛摺/もとすり)
2、水の中などに棲んでいた硝酸還元菌が繁殖し、雑菌や野生酵母を、「亜硝酸」で淘汰し、
3、次に、麹などにいた乳酸菌が繁殖し、清酒酵母以外の他の雑菌を、「乳酸」で淘汰し、
4、最後に、空気中あるいは水・麹とかについていた清酒醸造に向いた酵母が繁殖し、乳酸菌などの他の菌を、「アルコール」で淘汰し、
5、見事、清酒造りに向いた酵母だけが残り完成!


となる、酒母製法です。

私はこれを、伝統的生モトと呼んでます。
というのも時代が進むにつれて、派生的ないろいろな製法が出て来ましたので—-。

○まず、酵母の、無菌環境での「純粋培養技術」が出来ました。

(追記)この培養技術そのものは、生まれはドイツですがすぐ日本にも伝わりました。
とういか「培養技術の祖」「細菌学の父」コッホの弟子が北里柴三郎ですから!
コッホの業績は
1876年 炭疽菌の純粋培養成功
1882年 結核菌の発見
1883年 コレラ菌発見
と続きます。
1889年には、コッホの弟子の北里柴三郎は、破傷風菌の純粋培養を行い、
直後に「血清療法」を発案。第一回ノーベル医学賞受賞と相成りました。
日本が細菌学で、このような優れた貢献ができたのも、日本の得意な発酵食品が、
細菌学と、密接な関係があるからではないでしょうか?

細菌培養の技術が、清酒酵母の培養に転じられてからも、100年くらい経ちますが、
これにより、どこか特定の蔵から採れた優良酵母(きょうかい酵母など)を、
純粋に培養可能・全国へ輸送可能になりました。

○また、上記の手順1の「米を摺り潰す」(山卸=酛摺)という作業を
省いた製法もあらわれました。
大正時代に提唱されましたが、「山廃(やまはい)モト」というものです。
米を摺り潰すまでしなくても、櫂棒でよくかき混ぜる=「荒櫂(あらがい)」くらいでも
大丈夫だよ、とする製法です。精米歩合ほか含めて、酒造りの環境が変わってきたためでも
あります。まあ、「山卸廃止(やまおろしはいし)」モトということで、
「山廃」なんですね。

○また、上記の手順2で、硝酸還元菌が「亜硝酸」を生み出すためには、
そもそも「硝酸」というミネラル成分が水になくてはならないのですが、
この「硝酸」が少ない軟水だと、「亜硝酸」が生成されません。

清酒酵母が増殖するまでの間、野生酵母の増殖を抑える(=早沸きを防ぐ)には、
「亜硝酸」は重要です。

このため、軟水の蔵の場合は、「硝酸」を含んだミネラルを添加し、
つまり、生モトに向く「灘の宮水」に近づけるような指導もされました。
これにより抜群に生モトの衛生度が上がり、早沸き(質の悪い野生酵母が先に
繁殖しちゃう)が防がれ、生モトの精度が上がりました。

(追記)この技術は、大正時代に秋田の酒を革命的に向上させた技術者である
「花岡正庸」先生の手によるものです。確か、香川の丸亀税務署に派遣されていて、
硬水を使用した生モトは成功する場合が多いが、それも必ずしもではない—–
という事実から、特定の成分に原因があると類推し、ついに硝酸をつきとめた
という経緯があります。

結果として四国の瀬戸内沿岸では腐造が激減し、この功績を持って、花岡先生は大出世。
兼ねてから希望であった「新たなる銘醸地の建設」のため、自ら望んで、
秋田へ来られることになります。

秋田では、すでに湯沢地区にて「両関」という蔵が優良酒を醸しておりましたし、
さらに、花岡先生の大阪大学醸造科の後輩である、うちの曾祖父が待ちかねており、
新酵母(6号酵母)の発見というストーリーにつながりますが、それはさておき。

今でも、生モトをやられる蔵では、硝酸カリウムは添加していることが多いようです。
これは、他の発酵助成用ミネラル(リン酸カリウムなど)同様、酒税法上、OKです。

(硝酸カリウムを添加しても、なぜかうまく「亜硝酸」が生成されないとか、
硝酸還元菌が水にいないとかの理由があっても、
モロにそのまんまの「亜硝酸」を入れるのは、御法度!
「亜硝酸」は発ガン性があります。食品添加物としては認められていません。

「亜硝酸」は、硝酸還元菌の力によって、伝統的生モトの中では、かなりの量生成されますが、
乳酸菌ならびに酵母が増殖するにつれて、すみやかに消えますので安心ください。すぐゼロに
なります。しかし酒母担当者は、亜硝酸発生期の酒母は、絶対に舐めないほうが良いでしょう。

亜硝酸反応がなくても、段階的に酵母添加をすれば、野生酵母の繁殖が抑えられるか、
ダメージは軽微ですので、現在、亜硝酸反応が必須なのは、培養酵母無添加の仕込みでは
ないかと思ってます。

話を聞くと、多くの蔵で「亜硝酸は出ないから、そのまま乳酸を来させている」と
いいますが、それで品質に変わりないのであれば良いかと—)



○乳酸菌といっても、多種多様な菌がおります。酵母以上にバラエティに富んでおります。

通常、生モトで繁殖する乳酸菌は、教科書的には2種類
(実はもっとたくさん遷移しているようですが)。

まず、ロイコノストック・メセンテロイデスという球形を
した菌(これは漬け物などを発酵させる乳酸菌です)。

そして次に、ラクトバチルス・サケイ(細長い形をした乳酸菌)です。
これらは、アルコールや酸に弱いので、
酵母が増殖してアルコールを出したり酸を出したりしてくれると、
案外、都合良く淘汰されてくれるので、酒を必要以上に酸っぱくすることはないのですが—–

しかし、酒造環境には、ほかにも様々な乳酸菌がおります。
中には、酒のアルコールが好物で、酒に入ると、アルコールで淘汰されるどころか
ますます元気に増えてしまい、酒を酸っぱくしてしまうものがいます(真性火落菌)。

そこまでパワフルでなくても、アルコール15%以上でも平気に増えて、酒を濁らせてしまう
タイプ(火落性乳酸菌)。

アルコール8~12%くらいまでは耐えて、もろみ初期に、
酒を酸っぱくするタイプ(腐造性乳酸菌)

などなどいろいろと、酒の天敵の乳酸菌はおります。
しかも、キムチとか、ヨーグルトとか、
そういうのにもいっぱい棲んでいるので、案外近くにいると言えます!!
プラス、こういうのが生えて、ある一定量を超えると、
どうも、私が観察するに、酵母が増殖する栄養素を先に食べてしまうのか、
酵母の増殖が不可能になり、アルコール発酵も緩慢になり、
そのうちに、他の雑菌(産膜酵母=野生酵母)などが、
いろいろと住み着き始めることになります。
これはヤバいことになります。

ということで、酵母がアルコールを出すと、すみやかに淘汰されてくれるような乳酸菌を、
麹菌メーカーに培養してもらったり、県の食品センターに頼んだり、
(酵母培養を酒蔵が自分でするように)蔵が自分で、
麹を原料にして培養したり、ということもポピュラーになってきました。



こうして見ると、

最近の酵母の造り方は、
おおよそ以下のような分け方ができるでしょう。

(すみませんがクリックして拡大してください)


蔵元駄文-ズ

◎タイプA・Eは、伝統的な生モト/山廃です。
一番始めに書いた作法通りのスタイル。培養酵母を使用しない。
これは、もっとも難易度が高いと思います。
現在でも、この製法でやると、
100%「酵母無添加」なんていう売り文句がつくくらいですから、
これはたいへんな付加価値がついている製法だということです。

しかしこれは難しい—-
同じ蔵で、速醸をやっていたりして、培養清酒酵母も併用しているなら、
それが、もろみから麹へという連鎖を呼んで、
それ以降の酒母に、れっきとした清酒酵母が連鎖的に侵入すると思いますし、
酵母さえ立ち上がれば、無事に酒母になるとは思いますが—-

数本~十数本くらいならなんとかなるけど、蔵の仕込み、全部これでいくとなると、
実に、大変なことです。
最悪、途中の一本が、香りが酢みたいになって、だんだん酸が上がって、搾った後の酸度が、
全部3とか4とかになったら?? 想像するだにおそろしいです。

確かに、かつてはこれらが主流でしたが、昔の酒は案外酸度3以上なんて当たり前です。
みな腐造や多酸もろみに悩まされていたし、昔だって楽なことではなかった。
ですから、酸が多い酒は、昔は嫌われていました。
酸が低い酒が、良い酒/うまい酒、衛生状態の良い蔵の酒として、第一に尊ばれる条件でした。
その方向で日本酒は洗練され、今やどこの蔵でも速醸酒母+吟醸造りがメインになって、香りはすっきり、味わいもすっきり軽快でまろやかなものが普通になりました。

ともあれ、それだけではいけない、という風潮が徐々に生まれているのかもしれません。

そもそもの日本酒の基本は、この酵母無添加生モトです。
やりがいがありますし、様々な生物が酒母で遷移したわけですから、
きちんと醸された酒には、真実の生モトらしい、
深い複雑なコクと味わいが約束されているでしょう。
また、蔵の個性もバッチリ出ますので、いずれはこうした取り組みを、
もっと多くの蔵でやることになろうかと思います。
これこそ、真の発酵食品。じっくり取り組みたいテーマです。


◎現在の生モトは大方、タイプB・Fの蔵が多いのではないでしょうか?
70~80%くらいはこれでは?
乳酸菌は、まずほぼ麹からやってくるので、経験則で素性が悪くないのを確認できれば、
問題はない。酵母はフツーに、きょうかい酵母を投入。
発酵力あるきょうかい系の培養酵母ならば、問題なく酒母はできますし、
もろみで速やかに酵母を増殖させてやれば、まずは安心に酒になる。
一番、ふつうの生モト/山廃のスタイルではないでしょうか。


◎C・Gはまあ、ありえないですね。乳酸菌培養するくらいなら、きょうかい酵母などの、
培養酵母は必ず使用しているはずなので。


◎DやHのスタイルは、案外ポピュラーになりつつあるでしょう。1~2割くらい
あるんじゃないかな。

これは、酵母だけでなく乳酸菌も培養して投入します。
きょうかい酵母のように、
素性のはっきりした乳酸菌を指定して培養してもらう/するという方法ですね。
いろいろな菌を扱っている麹菌メーカーとか、県の食品センターとかに、麹エキスで培養してもらう。あるいは酵母培養みたく自分で培養する、ということです。

これだと、酒母の(そしてもろみに遷る可能性のある)乳酸菌が、選別/コントロールできます。
アルコール耐性が低い、しかも酸を必要以上に出しすぎない、出す酸も乳酸だけなどの、
優良乳酸菌(つまりラクトバチルス・サケイ)を単菌で使用します。

たまたまヤバい菌が大量に入って、ちょっともろみの酵母の立ち上がりが遅れた隙に
どかんと増えて、もろみの酸度がガンと上がる、ようなことはありません。

(追記)
そういえばこの手法だと、味は、スッキリ系生モトになります。
というのも、通常の生モトではじめに発育するロイコノストックという球菌、これは漬け物
なんかの主要な乳酸菌です。
もし、培養して乳酸菌を入れる場合、好き好んでこれを入れることはまずないと思います。

ロイコノストックは、乳酸以外のいろいろな成分を出す乳酸菌(ヘテロ発酵型)で、
実に「発酵食品」らしい香味を、酒に加えるようです。よく言えば生モト/山廃的な自然な、
悪く言えば、むわっとした穀物っぽいような感じになるかもしれません。

これを省いて、ラクトバチルス・サケイだけで生モトを造ると、
結構、スッキリな山廃になるようですね。
(乳酸菌を添加せずとも、結果的に、球菌があまり来なかったような生モトでは、同様にすっきり
タイプになると思います)


ではでは続く。